最新記事

法からのぞく日本社会

高齢ドライバーの問題を認知症患者に押しつける改正道路交通法

2017年3月21日(火)18時46分
長嶺超輝(ライター)

「運転する権利」は、私の知る限りではまだこれを正面から認めた裁判事例等は存在しないようですが、もし裁判で争うとしたら憲法13条の「幸福追求権」か、22条1項の「移動の自由」等を根拠とすることが考えられるでしょう。

被後見人の選挙権が認められるなど、最近はハンデのある人にも出来る限りの権利を保障しようというノーマライゼーションの動きが加速しつつあるので、決して荒唐無稽な議論でもないと思います。

そもそも「認知症ドライバーは交通事故を起こしやすい」「すべての認知症の人に車を運転させるのは危険だ」という前提からして、根拠に乏しい、一律に論じることはできないはずだといった理由で、本制度の前提に異議を唱え、憲法違反を主張する人が出てくることが考えられます。

――認知症が交通事故の原因として直接に結びつくとは限らないということでしょうか。

脳の判断能力や記憶力が低下し、道を間違えたり、逆走してしまったりする危険は確かにあります。しかし基本的に自動車の運転は「手続き記憶」といわれており、いわゆる「体が覚えている」という性質のものです。

個々の事故対応を分析すれば、必ずしも「認知症であること」が直接的な原因となり引き起こされたものではないといえるでしょう。

例えば「歩行者の発見やブレーキ操作が遅れ衝突した」としても、それは単に加齢に伴う判断力の低下が原因であって、「認知症だから」ということではないかもしれません。それこそ若者であっても、睡眠不足でふらふらと走り事故を起こすこともザラにあるわけです。

――かつては「痴呆」と呼ばれていたものを認知症と言い換えるようになって久しいわけですが、差別や偏見は、そう簡単に拭い去れないのかもしれません。

同じような問題は、例えば、てんかんの患者が自動車を運転する場合にも生じます。確かにてんかんの発作が運転中に起きれば、事故を起こす危険性があります。しかし、てんかん症状を正しく申告し、薬で症状を抑えているなど、条件つきで医師の許諾のもと運転は認められる制度となっているのです。

100人に1、2人程度の発症率であるてんかんですら、このような柔軟性、リカバリーの可能性を取り入れているのです。一方で認知症というものは、加齢に伴ういわば自然な現象です。

法律というものは、権利を制約する制度や仕組みに対しては「自ら謙抑的であること」を求めます。目的達成のためになりふり構わず権利を取り上げ抑制するのではなく、他にも実現可能なより緩やかな方法があれば、それを選択しなさいとするのです。権利の抑制は最低限のものでなければなりません。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、28年にROE13%超目標 中期経営計画

ビジネス

米建設支出、8月は前月比0.2%増 7月から予想外

ビジネス

カナダCPI、10月は前年比+2.2%に鈍化 ガソ

ワールド

EU、ウクライナ支援で3案提示 欧州委員長「組み合
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中