最新記事

法からのぞく日本社会

高齢ドライバーの問題を認知症患者に押しつける改正道路交通法

2017年3月21日(火)18時46分
長嶺超輝(ライター)

写真はイメージです RobertCrum-iStock.

<高齢の運転者による交通事故が多く報じられているが、今月の道交法改正で果たして事故は防げるようになるのか。「認知症への誤解や偏見を助長するだけ」と主張する外岡潤弁護士に話を聞いた>

3月12日、改正道路交通法が施行され、認知症と診断されたドライバーの運転免許を取り消すための手続きが強化された。

75歳以上の高齢ドライバーが免許証を更新する際に行われる、簡易的な「認知機能検査」に引っかかった場合は、医師の検査を受けなければならない。もし認知症と診断された場合は、免許取消しの対象となる。

また、75歳以上の高齢ドライバーが信号無視や一時不停止など、一定の違反をした場合にも、臨時で認知機能検査が行われ、やはり同様の流れとなる。

昨今、高齢ドライバーの起こした交通事故が多く報じられ、今回の法改正を必要なものと受け止める人も多いかもしれない。しかし、「このような処置は認知症への誤解や偏見を助長するだけ」との意見も一方であり、法改正に異議を唱える専門家も多い。

高齢者福祉をめぐる法律問題に特化した、法律事務所おかげさま(東京)の外岡 潤(そとおか・じゅん)弁護士に話を聞いた。

◇ ◇ ◇

――今回の道路交通法改正について、どうお考えでしょうか。

「高齢、特に認知症のドライバーによる事故を防ぐ」という目的でなされたのであれば、問題を根本的に解決する方策ではないとみています。

そもそも、認知症の診断は専門医にも難しいものとされています。認知症はせん妄やうつ病等の他の病状と混同されることも多く、またその症状については個体差が大きく、その程度は日々変動し、行きつ戻りつする流動的なものだからです。

専門外の一般的な心療内科医や精神科医であれば、なおさら正確な診断は困難なはずですが、認知症専門医は人数が少ないので、認知機能検査に引っかかった高齢者をすべて診るには、専門外の医師の手も借りるしかなくなります。

そうなると誤診も増えますし、逆に「問題なし」とされた人が事故を起こし、調べてみたら実は認知症であったというケースも出てくるでしょう。そうなると医師の診察ミスとして責任追及されかねず、ますます担い手は減ることになります。

また現実的な話として、言ってしまえば、仮に認知症の高齢者から免許を取り上げたところで、無免許で運転してしまえば何の抑止力にもなりません。

【参考記事】排気ガスを多く浴びると認知症になりやすい? カナダ研究機関の調査結果で

――問題は根本的に解決されず、しかもデメリットも目立つ法改正といえるのでしょうか。

もちろん、制度として一定の制限をかぶせ、徐々に危険性の高いドライバーに引退してもらうこと自体は、まったく無意味といえないと考えます。ですが、問題はそれが交通事故を予防するという目的を達成する最善の策とは言いがたい点です。

法的な観点から見れば、これはあくまで可能性としてですが、今回のように75歳以上の免許更新時などに、医師による認知症検査の対象となる範囲を大幅に拡大し、認知症と診断されたら未来永劫免許を剥奪されるという仕組み自体が、「憲法違反であり無効である」と主張され裁判で争われるかもしれないと思います。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、NATOにロシア産原油購入停止要求 対

ワールド

アングル:インドでリアルマネーゲーム規制、ユーザー

ワールド

アングル:米移民の「聖域」でなくなった教会、拘束恐

ワールド

台湾閣僚、「中国は武力行使を準備」 陥落すればアジ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 9
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中