最新記事

北朝鮮

韓国でも性的搾取、脱北女性の厳しい現実

2016年11月17日(木)13時07分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

bugphai-iStock.

<韓国入りした脱北者が累計3万人を突破。その7割以上は女性だが、「自由の国」に辿り着いても生活は厳しい。中国にいる脱北女性が人身売買や性的虐待を受ける現状は度々指摘されてきたが、韓国にも、彼女たちが体を売る店が並ぶ地区があるという> (写真はイメージです)

 韓国の統一省は今月13日、韓国入りした脱北者の累計が3万人を超えたと発表した。2006年2月に1万人、2010年11月に2万人を超えたことから考えるとペースはやや落ちたが、今年の1~10月までの入国人数1155人は、昨年と比べ18%増となっている。

 ひとくくりに「3万人」というが、その内訳は様々だ。1983年にミグ19戦闘機に乗ったまま韓国に来た李雄平(リ・ウンピョン)大尉のような人物もいれば、1994年に政治犯収容所の現役警備兵として、スパイ作戦さながらに韓国入りした安明哲(アン・ミョンチョル)氏もいる。1997年に亡命した金正日総書記の側近・黄長※(ファン・ジャンヨプ)書記も脱北者である。(※=火ヘンに華)

軒を連ねる性風俗店

 他方、中国の農村に人身売買で売られた後で脱出した北朝鮮女性もいれば、中国で捕まり北朝鮮に送還され拷問を受けるもあきらめず、数度の挑戦ののち脱北に成功し、金正日・金正恩氏の人権侵害を告発する運動家になった人も少なくない。

 最近になっては、韓国定着のための施設で「出稼ぎに来た」と脱北の理由を公然と語る若者もいる。3万人にはそれぞれ、ドラマがある。

 脱北の動機も変化してきた。韓国統一省の調査によると、経済的な理由から脱北を決意した脱北者の割合は年々低下している。また、北朝鮮での生活水準が中級もしくは上級であったと答える脱北者の割合も、2005年までの13.7%から、2014年から2016年にかけては66.8%に伸びた。

 だが、そんな脱北者たちにとって韓国での生活は簡単ではない。統一省と脱北者定着支援機関が2016年に行った調査によると、脱北者の平均月収は一般韓国人の3分の2にとどまる。また、自らを「社会の下層だ」と評価する脱北者は61%にのぼった。一方で、月収は5年前と比べ約30万ウォン増えるなど、改善も見られる。

 では、皮膚感覚ではどうか。デイリーNKジャパンの記者たちも韓国へ行くたびに脱北者と接触しているが、正直なところ、「まだまだ厳しい」と言わざるをえない。

 脱北者全体の7割以上を占める女性の生活は特に苦しい印象を受ける。

 ソウル市から1時間ほど離れた京畿道(キョンギド)の某所に行くと、20~30代の脱北女性が客と食事をし、カラオケを歌い、体を売る店が軒を連ねている。女性に話を聞くと「お金が無ければ生きていけないが、他にできることはない」と投げやりな表情で語る。

 これまでも指摘してきたことだが、脱北女性は中国にいる際にも人身売買や性的虐待を受けるなど、ひどい人権侵害にあってきた。

(参考記事:ねらわれる少女たち...第三国滞在中の脱北者の性犯罪被害が深刻

 そんな女性たちが生活や自由のため、逃げ延びた先の韓国でまで、自ら体を売る状況に陥っているとは皮肉を超えて悲劇ともいえる。人権の概念すら知らず、性的搾取を受けていた北朝鮮での生活と変わらない。男性も同様だ。学歴社会の厳しい韓国で、30代以上かつ低学歴の脱北者に残されたのは肉体労働しかない。

(参考記事:コンドーム着用はゼロ...「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち

 その背景には、韓国人でさえ苦しむ超格差社会のいびつな経済構造がある。ただ、北朝鮮で得た学位を条件付きで認定するなど、ある程度は政策的に救済できるはずなのに、放置されているのが現状なのだ。また、偏見もあって韓国社会からも疎外されている彼ら彼女らは、改革を叫ぶ騒がしいデモとも無縁で、生活のために黙々と働き続けている。

 故郷を捨てて韓国に来たが報われない。「脱北者なんてそんなものですよ」と吐き捨てたある脱北女性の無念の表情が忘れられない。これが、「統一」を国是に掲げる韓国の現実である。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「同意しない者はFRB議長にせず」、就任

ワールド

イスラエルのガザ再入植計画、国防相が示唆後に否定

ワールド

トランプ政権、亡命申請無効化を模索 「第三国送還可

ワールド

米司法省、エプスタイン新資料公開 トランプ氏が自家
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 9
    砂浜に被害者の持ち物が...ユダヤ教の祝祭を血で染め…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中