ノーベル平和賞以上の価値があるコンゴ人のデニ・ムクウェゲ医師 ―性的テロリズムの影響力とコンゴ東部の実態―

2016年10月18日(火)17時10分
米川正子(立教大学特任准教授、コンゴの性暴力と紛争を考える会)

 前述のように、MONUSCOはコンゴ軍とも反政府勢力とも協力関係にある。それに加えて、MONUSCOの任務である文民の保護はほとんど果たしておらず、また情報収集とインテリジェンスに欠乏しているとも言われている。よって、PKOに対するコンゴの市民の不信感は非常に高い。コンゴとルワンダにおけるPKOの歴史を振り返ると、1960年代にも当時世界最大級のPKOがコンゴに派遣された中で、ルムンバ初代首相が暗殺された。1994年ルワンダのジェノサイドが始まる前に、PKOは既に派遣されていたが、「ジェノサイド」を防ぐことができなかった。そのため、いざという時、PKOが本当にムクウェゲ医師を保護するのか疑問である。

 以上からわかるように、コンゴ東部は単なる紛争地や無政府状態だけではなく、ルワンダとコンゴ東部で犯された「ダブル・ジェノサイド」の責任者とされるルワンダ軍によって偽装占領されている。その上、コンゴ軍もPKOも頼りにならない。そのような状況で医療とアドボカシー活動を継続していることを考えると、ムクウェゲ医師の勇気、苦労と偉大さが理解できるだろう。

ノーベル平和賞受賞以上の価値を有する医師

 ムクウェゲ医師は時間の25%をアドボカシー活動に費やし、女性の人権の尊重を訴え、特に紛争下の性暴力を止めるために世界各地を回っている。訪日中の講演やメディアのインタビューで、世界におけるhumanity(人間性)の必要性を何度も訴えたが、同医師はまさしくそのhumanityを有している。講演やメデイアのインタビューではコンゴの状況について話したが、ムクウェゲ医師にアテンドした私との会話の中では、ボスニアやコロンビアなどで出会った性暴力のサバイバーの話が出た。コンゴ東部の現状だけでも最悪なのに、世界で同様な状況に置かれているサバイバーにも目を向け、グローバルに考え行動している姿に胸を打たれた。まさしくThink globally and act locally ではなく、Think and act both locally and globallyの方である。

 そのため、ムクウェゲ医師がノーベル平和賞受賞を目的に活動していないことを理解しつつ、今年も受賞を逃してしまったのは正直残念である。ノーベル平和賞以上の価値を有する方だと確信しているからだ。

 ムクウェゲ医師は、コンゴ人にとっても、また北アフリカを除くサブサハラアフリカ仏語圏の人間にとっても、初めてのノーベル平和賞受賞の候補者である。これまでのアフリカ出身の受賞者は、南アフリカ、ガーナ、ケニア、リベリア、ナイジェリアであり、全員が英語圏だ。日本では、アフリカをひとまとめにしてしまう傾向があるが、英語圏と仏語圏の間にはちょっとしたライバル意識がある。なので、受賞すると、世界の女性、特に紛争下の性暴力のサバイバーだけでなく、アフリカの多くの国々にとって大きな励ましになることは間違いない。

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