最新記事

BOOKS

「お母さんがねたので死にます」と自殺した子の母と闘った教師たち

2016年8月9日(火)16時26分
印南敦史(作家、書評家)

 しかし、そうではなかった。たとえば「校長が薄笑いを浮かべたように見えた」という部分については、校長が、話をする際、意思とは無関係に笑ったような表情に"なってしまう"人だということが証明される。そういう人は、たしかにいるだろう。

 つまり、同じように真実は誤解の上塗り状態だったのである。そして読み進めていくにつれ、原因は母親のさおり、そして彼女を不必要に煽るマスコミにあったことが明らかになっていく。

 さおりは虚言癖があり、しかも自分に反論した人間を、巧みな(矛盾だらけなのだが)論調によって徹底的に糾弾する性格なのだ。たとえば裕太くんの同級生と教師を前に、彼女はこう告白している。


 さおりは彼らを前に、お盆の頃、「バレーが苦しい」とこぼした裕太君を、こう言って叱ったと明かした。
「バレー部をやめるなら、学校もやめて死んで。家を出る時は携帯を置いていけ」(26ページより)

 この「死んで」という彼女の発言が自殺の引き金になったわけだが、ここにも矛盾がある。教師や同級生の証言から明らかになるのは、バレーを楽しんでいる裕太君の姿であり、「苦しい」というような片鱗はどこにもないのだ。「そうはいっても、現実は違うってことなんでしょ」と思われるかもしれないが、ここから、本当の意味で裕太くんのことを心配し、手助けしていた教師陣、そして同級生によって、真実が次々と明らかにされていく。たとえばさおりの異常性は、離婚した2番目の夫の証言にも明らかだ。

 大手企業のサラリーマンだった彼は、インターネットの出会い系サイトでさおりと知り合って結婚したという。裕太くんとその弟はさおりの連れ子だ。以下は、その夫による証言で、ここにはさおりの真の姿が映し出されている。


〈例えば、食事の後、私が台所で食器を洗っていると、いつの間にか傍に来ていた被告が、突然大きなため息をつき、聞きとれないくらいの小さな声で愚痴らしきことをしゃべり始め、「これ飲んだら死ねるかな」と手にした何か錠剤らしき物の入った小瓶を私に見せます。私が「なにバカなこと言ってるんだよ」と言うと、被告は突然大きな声になって「生きていたくねえんだよ」「てめえのせいでな」等怒鳴り始め、だんだんと声が大きくなっていき、最後にはキャーと叫びました。(174ページより)

 ちなみにこれは、このときに限ったことではない。「死んでやる」と叫ぶのはさおりの常套手段であり、実の母親も「死にませんから」と語っている。つまり、「そういう人」なのだ。しかし問題はそんな光景を日常的に見せつけられていた子どもたちである。弟は気にしていないそぶりだったというが(真意はわからない)、裕太くんには、それがつらかったということだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

インド機墜落事故、米当局が現地調査 遺体身元確認作

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、円安で買い優勢 前週末の

ビジネス

アマゾン、豪データセンターに5年間で130億ドル投

ワールド

イラン世界最大級ガス田で一部生産停止、イスラエル攻
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中