最新記事

南シナ海

【ルポ】南シナ海の島に上陸したフィリピンの愛国青年たち

2016年8月8日(月)17時00分
舛友雄大(シンガポール国立大学アジア・グローバリゼーション研究所研究員)

 ユーヘニオ・ビトオノン・カラヤン町長は筆者との書面インタビューで、「昼間、水平線がクリアであれば、(パガサ島からスビ礁が)はっきりと見える。夜になるとスビ礁はさらに良く見える。建築物がライトアップされているし、灯台が強く光っているからだ」と回答した。中国やベトナムの漁船がやってくるのは日常茶飯事で、これらの国のパトロール船や沿岸警備船が来ることもある、とのことだ。

 オフィスで話を聞いた際、グループでリーダー的な役割を果たすジョイという女性は、平均的なフィリピン人よりはずっと南シナ海問題を深刻に捉えていた。中国が現在実行支配しているフィエリークロス礁、スビ礁そしてミスチーフ礁を結んでできる三角形で「大量破壊兵器貯蔵のトライアングル」を作ろうと企んでいるという。彼女はさらにこう叫んだ。「チベットと台湾で何が起きた? パラワン島もあっという間に中国に取られるわ。そして私たちは中国の一つの省になるの」

 団体メンバーがパガサ島に着いたのは奇しくもクリスマスの次の日だった。カトリック教徒が大多数を占めるフィリピンにおいて、クリスマスは最も重要な記念日の一つだ。そのお祝いはなんと9月から始まる。パーティーが毎日のように続き、クリスマス当日は家族で集まるのが習慣だ。それにもかかわらず、50人の若者たちはこの島を目指すことを選んだ。

 その代わり、彼らはパガサ島で一風変わった遅めのクリスマスを祝うことになった。フィリピンでは、この時期に子供達が家々を訪ね、クリスマスソングを歌ってはコインやお菓子を集める「キャロリング」という風習がある。だが、この島では逆のことが起きた。メンバーみんなで各家庭を回り、島の子供達にジュースとドーナツを配った。子供達の歓声が響いた。多くの子供にとって、ドーナツというものを手にするのは初めてのことだった。

 アンドレによると、ある母親は「みんな、ここに来てくれてありがとう」 と呟き、涙をあふれさせた。いつもは孤立しているんだろうな、と理解した。その女性の涙が伝わるようにして、自分たちの目も潤んできた。ジングルベル、ジョイ・トゥー・ザ・ワールド、そしてタガログ語のクリスマスソングを歌ってあげると、子供達が歌声に加わって大合唱になった。

 フィリピンの若者達が体験した大冒険を通して、この領有権紛争の奥にひそんだある像がくっきりと見えた気がする。それは、巨大な隣国に対して経済的に劣った自国が、その領土すら自国単独では守れないという現実への絶望にも似た苛立ちと焦りだった。

[筆者]
舛友雄大
シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院アジア・グローバリゼーション研究所研究員。カリフォルニア大学サンディエゴ校で国際関係学修士号取得後、調査報道を得意とする中国の財新メディアで北東アジアを中心とする国際ニュースを担当し、中国語で記事を執筆。今の研究対象は中国と東南アジアとの関係、アジア太平洋地域のマクロ金融など。これまでに、『東洋経済』、『ザ・ストレイツタイムズ』、『ニッケイ・アジア・レビュー』など多数のメディアに記事を寄稿してきた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

AI端半導体「ブラックウェル」対中販売、技術進化な

ワールド

チェイニー元米副大統領が死去、84歳 イラク侵攻主

ビジネス

リーブス英財務相、広範な増税示唆 緊縮財政は回避へ

ワールド

プーチン氏、レアアース採掘計画と中朝国境の物流施設
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 4
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 5
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 8
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 9
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中