最新記事

法からのぞく日本社会

「酒の安売り許さん!」の酒税法改正は支離滅裂

2016年8月8日(月)12時05分
長嶺超輝(ライター)

 酒類の価格規制が全面的に撤廃されて自由価格となったのは、1964年のことだった。だが自由競争の時代に突入しても、安売り業者へ圧力をかける姿勢は昔と変わらない。1969年には、横浜生活協同組合が福島県の酒造メーカーと手を組んで酒の安売りを行ったところ、神奈川県の小売酒販組合連合会が「これ以上続けるなら、福島産の酒は売らない」と宣言したこともある。安い酒の提供に協力した蔵元に対しては、税務署が嫌がらせを行ったり、金融公庫が融資を止めたりもした。

 しかし、社会の雰囲気は徐々に変化し始めていた。1980年、酒販組合の働きかけで、酒について「特売」「特価」などの表示が規制されようとしていたが、消費者団体の反対に押される形で、結局は「特売」表示はOKとなった。

 1980年代後半、酒類小売り免許が実質自由化され、スーパーやコンビニでの販売が一気に広まった。1990年には売り場面積で一般酒販店87.7%・スーパー0.9%だったのが、2011年には一般酒販店34.7%・スーパー12.5%となっている(国税庁調べ)。

 ここでいう「一般酒販店」が、いわゆる街の酒屋だといえる。確かに売り場面積で、全体としての割合が他の業態に押されている。

 今回のような一連の法改正は、全国に散在する中小の酒屋を束ねる「酒販組合」が求めたともいわれる。かつては地元の名士のような人物にしか酒類販売の許可が出されなかったこともあり、酒屋は伝統的に自民党の票田とされてきた。よって、酒販組合の後押しで当選した国会議員に、何らかの要望を送るのも可能なのだろう。

【参考記事】本当にもう大丈夫? 改正されても謎が残る「風俗営業法」

独禁法以上の規制を科す根拠は?

 改正の理由として、衆議院のホームページには「酒税の保全及び酒類の取引の円滑な運行を図るため」と記されている。ただ、この理由は奇妙である。酒税は酒造メーカーから徴収するのであって、小売店が酒をいくらで売ろうと関係ないからだ。

 そもそも「不当廉売」の規制なら、すでに独占禁止法によって行われている。


◆独占禁止法 第2条
9 この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。
 三 正当な理由がないのに、商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給することであつて、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるもの


◆独占禁止法 第19条
 事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。

 もっとも、独占禁止法にいう「不公正な取引方法」を行う業者に対して、通常は公正取引委員会からの警告や注意を行う程度である。酒の廉売だけ、警告を飛び越えて罰金刑まで科さなければならない根拠はどこにあるのか。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット

ビジネス

アングル:トランプ関税が生んだ新潮流、中国企業がベ

ワールド

アングル:米国などからトップ研究者誘致へ、カナダが
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ」が物議...SNSで賛否続出
  • 3
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ「日本のお笑い」に挑むのか?
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 6
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 7
    「体が資本」を企業文化に──100年企業・尾崎建設が挑…
  • 8
    高市首相の「台湾有事」発言、経済への本当の影響度.…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    中国人爆買いが転機、今後は「売り手化」のリスク...…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中