最新記事

医療援助

いとうせいこう、ハイチの『国境なき医師団』で非医療スタッフの重要さを知る(7)

2016年7月14日(木)16時45分
いとうせいこう

産科救急センター(CRUO)

 八時半、猫探しをあきらめた俺は産科救急センターへ行く四駆に乗った。そここそが紘子さんの働いている病院だった。

 崩れかけた壁の道側にゴミが山となっていて、そこに牛が放たれて生ゴミをあさっていた。ガレキだらけの敷地に鉄骨がぐにゃりと曲がって立っていた。

 その向こうに青空があった。
 東北で見たことのある景色だった。

 震災の跡と、自然の無情。
 谷口さんが話してくれたところによると、ハイチの富裕層は先進国のそれに負けない財産を持っているのだそうだった。ひと握りの彼らはしかし、国民を守ることがない。

 俺は自分がどこにいるのか、ますますよくわからなくなった。

 産科救急センターの裏口から中に入ってぼんやりしていると懐かしい声が後ろからした。
 フェリーが目を細めて微笑んでいた。

 すぐに紘子さんも緑衣にエプロンという、勤務中の格好で現れて、二人で俺たちを案内し始める。

 食堂があり、広い洗い場があって、現地の女性たちが働いていた。コンクリートの上に洗濯物を置いてごしごし洗い、水で流し、木の間にわたした紐に吊るすのだ。

 奥にコンテナで出来た事務所があって、まずそこに入った。フェリーの部屋があった。少し冷房がかかっていて、小さくクラシック音楽が鳴っていた。横にカールの机もあった。

 「2011年の3月8日に出来たんで、あちこち補修が必要だ。だが、予算がなくてね」
 フェリーは大きな体をより大きく動かし、片目をつぶった。

 俺たちがソファに座ると、彼はコーヒーを淹れ、様々な話を始めた。

 ロジスティックがなければ医療もないのだ、とフェリーは言った。ジェネレーターもあのコーヒーマシンの洗浄も、緊急治療室の電気も、トイレも、検査室や手術室に必要な冷房も、すべてロジスティックとサプライチームが用意して、医療従事者がベストを尽くせるようにする。となれば、その医療と非医療の連携を束ねる責任者も当然必要になるだろうと俺は納得した。

 つまりフェリーの話は、なぜ彼ら非医療スタッフがそこにいるのかの重要な説明になっていたのだった。

 また、ハイチの出産ピークが10月から1月で、カーニバルの9ヶ月後になっていることも、フェリーは例のハリウッドっぽい笑顔で教えてくれた。ただし、それはジョークでもありながら、ピークに合わせて医療チームも非医療チーム(電気技師も、衛生係も、車輌スタッフも)も人員を増やすという管理の話につながっていた。

 コーヒーを飲み終えると、フェリーは外へ出ようと俺たちを誘った。

 例えば焼却炉があり、そこでは医療廃棄物が適正に処理できる温度での焼却が行われていた。あるいは、昔馬小屋だった部屋を使っているために、蹄鉄をかける場所がそのまま衣料かけになっていたりした。最先端と旧式がないまぜになって使われているのだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏CPI、4月はサービス上昇でコア加速 6月

ワールド

ガザ支援の民間船舶に無人機攻撃、NGOはイスラエル

ワールド

香港警察、手配中の民主活動家の家族を逮捕

ビジネス

香港GDP、第1四半期は前年比+3.1% 米関税が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 7
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 8
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 9
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中