最新記事

北欧

連続テロから5年 復讐という選択肢を拒むノルウェー 遺族や生存者が当時の悲惨なSMSを公開

2016年7月21日(木)16時35分
鐙麻樹(ノルウェー在住ジャーナリスト&写真家)


事件を内部と外部から見つめる、2つのメモリアルセンター

 フリドネスさんは、「2011年に7・22センターで当時のツイッターが公開されたことをきっかけに、SMSの公開が検討されていた」と同紙に語る。オスロ中心地では、爆破現場となった市庁舎内に別の7・22センターがすでに設けられている。そこには、ブレイビクが使用した所持品や車が展示されているほか、ウトヤ島の青年たちの壊れた携帯電話、当日の人々のツイッターでのやり取りが公開されている。


utoya_asakiabumi05.jpg

爆破事件の現場となった政府庁舎内には7・22センターが設けられている。ブレイビクが爆弾として使用した車の残骸 Photo:Asaki Abumi

 市内にある7・22センターは、事件を外部からみつめる。その一方、ウトヤ島でオープンするメモリアルセンターでは、被害者と愛する者たちのプライベートなSMSが初公開されており、事件を内部から見つめることができる。

生存者と犠牲者、愛する者たちとのプライベートなやり取りが初公開

 ウトヤ島のセンターは22日に公開されるが、地元の大手アフテンポステン紙がその一部を公開した(以下、新聞より引用)。


  ベネディクテ・ヴァトンダル・ニルセン(15)から助けを求めるSMSを受信した時、母親は、娘が大げさに妄想を言っているのだと勘違いをした。ベネディクテさんは、ブレイビクからの銃声から逃れるために小屋に隠れていた。

17:25
娘:ママ、大変よ。銃で攻撃を受けているの!!
母:どんな武器なの
娘:警察に電話して!ここに向かってって!
母:そこに大人は誰もいないの?
娘:いるわ!ママ、私殺されそうなの。助けて!労働党への攻撃よ!

ウトヤ島は、子どもにとって一番安全な場所だと思っていた母親。警察が島で事件が起きていることを認め、母親は事態の緊急性をやっと理解した。

17:46
母:警察と話したわ。電話して。

17:58
母:電話してちょうだい

18:12に、2人は電話で会話をし、娘は「ママ、これから何が起きても、私がママを愛していると覚えていてね」と伝えた。物音がして、電話は切れた。

18:13
母:警察とまた話したわ。ウトヤ島に向かっているそうよ。電話して。ママもそっちに向かおうか?

警察のレポートでは、18:14に娘は腹部を撃たれ、射殺された。13人の仲間と一緒に、腹部から血を流した状態で水辺で発見された

18:53
母:電話して。迎えにいこうか?

19:04
母:そっちにいこうか?

19:20
母:お願い、電話して。迎えにいくのに、どこにいるか知る必要があるわ。


 警察には島に来ないように促されたが、母親は車で全速力で向かった。娘は水泳が得意だったから、きっと泳いで逃げたのだろうと思っていた。それから4日間、ほかの家族と同じ待機場所で知らせを待ち続けた。心が引き裂かれるような時間が続いた。事件が起きて約1週間後、電話が鳴り、母親は娘の死を知った。今でも犯人への怒りや、救助が遅れたことに怒りを隠せない母親のベアテ・ヴァトンダルさん。犯人や極右の思想、娘に何が起きたのかを後世が忘れないために、SMSの公開を許可した。

ブレイビクが狙った、「青年部」とは何か?

 最後に、「青年部」とはなにかを説明したい。日本ではあまり注目を浴びることがないが、ノルウェーでは各政党に「青年部」があり、ここから未来の有望な政治家が育成される。現在の首相や大臣たちも、多くが青年部で10代の頃から楽しい政治活動時代を送ってきた。青年部の主張は母党に大きな影響を与え、青年部で採用された法案は、数年後に国会で可決されることもある。筆者が普段、集中的に取材をしているのもこの青年部だ。青年部の若者たちは、ノルウェーにとって「明るい希望に溢れた未来」そのものなのだ。

utoya_asakiabumi06.jpg

ウトヤ島のサマーキャンプではテントで寝泊まりする Photo:Asaki Abumi

 ブレイビクが狙ったのは、移民背景の政治家が多く、移民政策に寛容な当時の与党で、当時の首相が所属していた労働党の青年部だった。どこの青年部でも、7〜8月にはサマーキャンプが開催され、若者たちはスポーツや政策議論をしながら数日間を過ごす。ブレイビクが血で真っ赤に染めたのは、労働党青年部の子どもたちがキャンプをしながら楽しむウトヤ島だった。ウトヤ島は、「労働党の心臓」とも例えられる、政治色の強い場所だ。

 青年部たちは普段もテレビや新聞で頻繁に取り上げられるため、国民の間でも愛着が深い。ノルウェーでは、政治活動に積極的な若者は好意的に受け止められる。だからこそ、国の未来を担う青年部の若者が残酷に殺害されたことは、国民にとって大きなショックだった。

 テロ後、若者と民主主義の攻撃だとして、各政党への党員申し込みは急増した。ブレイビクの思惑は外れ、政治活動に積極的な若者たちはさらに増えた。「ブレイビクが否定した今のノルウェーを、私たちは維持する。ノルウェーは変わらない。憎しみの道を辿らず、憎しみには負けない。憎悪や差別感情を拡散させないために、後世に歴史を伝えなければいけない」。この思いを支えにし、ノルウェーでのテロ議論や憎悪や差別との闘いは、これからも続いていく。

Photo&Text: Asaki Abumi


yoroi-profile.jpg[執筆者]
鐙麻樹(ノルウェー在住 ジャーナリスト&写真家)
オスロ在住ジャーナリスト、フォトグラファー。上智大学フランス語学科08年卒業。オスロ大学でメディア学学士号、同大学大学院でメディア学修士号修得(副専攻:ジェンダー平等学)。日本のメディア向けに取材、撮影、執筆を行う。ノルウェー政治・選挙、若者の政治参加、観光、文化、暮らしなどの情報を数々の媒体に寄稿。オーストラリア、フランスにも滞在経歴があり、英語、フランス語、ノルウェー語、スウェーデン語、デンマーク語で取材をこなす。海外ニュース翻訳・リサーチ、通訳業務など幅広く活動。『ことりっぷ海外版 北欧』オスロ担当、「地球の歩き方 オスロ特派員ブログ」、「All Aboutノルウェーガイド」でも連載中。記事および写真についてのお問い合わせはこちらへ

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

MAGA派グリーン議員、トランプ氏発言で危険にさら

ビジネス

テスラ、米生産で中国製部品の排除をサプライヤーに要

ビジネス

米政権文書、アリババが中国軍に技術協力と指摘=FT

ビジネス

エヌビディア決算にハイテク株の手掛かり求める展開に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 5
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 6
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中