最新記事

東日本大震災

【写真特集】震災と「核」をダゲレオタイプで撮り続けて

写真家の新井 卓は3.11を機に、福島から広島、長崎、「人類初の核実験の地」ニューメキシコへと「核のモニュメントを巡る旅」に出た

2016年3月15日(火)17時35分
Photographs by TAKASHI ARAI

ダゲレオタイプ(銀板写真) 第五福竜丸の多焦点モニュメント、スタディ #2 『百の太陽に灼かれて』 2012 46x46cm 個人蔵

 2011年3月11日、写真家の新井 卓は〈死の灰〉のシャーレを持って、神奈川県・川崎の自宅近くの公園に出かけた。〈死の灰〉は、1954年にビキニ環礁でアメリカの水爆実験があった際、第五福竜丸の船員たちに空から降り注いだ放射性降下物。新井はそのサンプルを、展覧会のため、都立第五福竜丸展示館から預かっていた。

araiphoto-007.jpg

2011年3月11日、等々力緑地、1954年アメリカの水爆実験によって第五福竜丸に降下した死の灰 『毎日のダゲレオタイプ・プロジェクト』 2011 6.3x6.3cm 所蔵:ボストン美術館

 シャーレを撮影しようと、カメラを三脚にセットし、釣り堀のある水辺に歩き出したその時、あの大地震が起こったという。午後2時46分。こうして東日本大震災は、それ以前から核の問題に関心を持ち、ダゲレオタイプ(銀板写真)と呼ばれる写真技法を用いてきたこの写真家の運命をも、大きく変えることになった。

【参考記事】未来を考えるため、Instagramで「東北」を発信し続ける

 ダゲレオタイプとは何か。ダゲレオタイプは19世紀前半に登場した世界初の実用的な写真技法で、当時は「記憶を持った鏡」などと呼ばれていた。完全な鏡面に磨き抜かれた銀板をヨウ素などのハロゲン・ガスでコーティングし、直接カメラに入れて撮影する。現像は水銀蒸気を使って行う。複製も引き延ばしも不可能であり、また、鏡のように左右反対に写し出されるという特徴も持つ。

Making of Daguerreotype by Takashi Arai

 東北を襲った震災の後、捜索隊は被災した人々の家族写真をも捜し集めた。新井によれば、そうした「人々の記憶の縁(よすが)として受け継がれる写真」は、ただ過去が記録されただけのモノではなく、記憶や思いを宿し、触れることができ、傷ついた表面を持つ固有のモノだ。それを彼は「小さなモニュメント」と呼んでいる。そして、複製不可能であり、その場所の光の放射によって刻印されるダゲレオタイプもまた、「モニュメント」であるのだと。

araiphoto-016.jpg

2011年5月5日、女川 『夜々の鏡』 2011 25.2x19.3cm

araiphoto-028.jpg

2012年1月12日、検問所、川内村 『ヒア・アンド・ゼア―明日の島』 2012 25.2x19.3cm 所蔵:東京都写真美術館

 だから新井は、ダゲレオタイプで撮り続けている。そうすることで、例えば福島の現状を直接知らない人たちに対して、その「モニュメント」に触れることで新たな感情や想起を触発することができると考えている。「忘れてはいけない、忘れたくない、と思っても結局私たちは忘れてしまう」からこそ、モニュメントが必要なのだ。

araiphoto-083.jpg

2012年2月19日、飯館村から避難してきた母と娘、福島市 『ヒア・アンド・ゼア―明日の島』 2012 25.2x19.3cm 所蔵:東京都写真美術館

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ高大きく懸念せず、インフレ下振れリスク限定的

ワールド

米ミネソタ州議員銃撃、容疑者逮捕 標的リストに知事

ビジネス

再送(11日配信記事)豪カンタス、LCCのジェット

ビジネス

豪当局、証取ASXへの調査拡大 安定運営に懸念
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中