最新記事

BOOKS

謎の長距離走大国ニッポンで「駅伝」を走る

2016年2月22日(月)16時12分
印南敦史(書評家、ライター)

 もしかしたら、これまで私が鈍感すぎただけなのかもしれない。しかし個人的な感覚からすると、駅伝は"正月を祝っているときにテレビで流れているもの"であり、それはそれで見ていて楽しいのだけれども、そこに日本人の精神が反映されているかどうかなど考えたことがなかった。だから著者の思いには新鮮なものを感じたし、その思いが本書にリズム感を与えていることも間違いないだろう。

【参考記事】飛べよピーポ、飛べ。そしてズボンをはきなさい

 また、それ以前に、著者自身の「走る」ことへの思いも重要な意味を持っているように思える。ライターとしての取材という目的だけでなく、そもそも著者のなかには、走ることへの純粋な欲求が根ざしているのだ。だから「琵琶湖での駅伝に参加するメンバーが足りないから、参加してみませんか?」という誘いを受けるや、「これこそ、ずっと待ち望んでいた瞬間だった」と感じて快諾するなど、ここでは自身のランナーとしての立ち位置も大きな要素として機能しているのである。


 なぜ自分が走るのか自問することがよくある、と僕は彼女に伝えた。(中略)誰かに強制されたわけでも、頼まれたわけでもない。僕が走ろうが走るまいが、誰も気にしやしない。それでも、僕はいつも走る。何かが、僕を突き動かすのだ。(108ページより)

 そして著者はこうも主張する。自分のなかのなにかとつながるために走っているのではないかと。走るという行為はシンプルで、純粋なまでに無慈悲なものだそうだ。走ることによって世俗的な層が剥がされ、その下にある生の人間があらわになる。それは得難い経験であり、自分の力を試される機会で、一種の自己実現でさえある。走るという行為に対してここまで純粋でいられるというのは、ちょっとばかりうらやましくもある。

 ところで本書には、そのストーリー性を"偶然"際立たせている要因がある。読み進めながら感動的なクライマックスが訪れるであろうことを疑わなかったのだが、結果的にそれは訪れなかったのだ。

 日本滞在期間のクライマックスにあたる富士宮駅伝に出場することを決めた著者は、彼とともに参加するチームを<エキデン・メン>と名づけて期待を膨らませるのだが、そこには望まない結果が待ち受けていたのである。


 運転手の野村は帽子をうしろに傾けてかぶり、片手でハンドルを握っていた。そのとき、彼の携帯電話が鳴った。(中略)通話を終えた野村は、何も言わずにまえを見据えた。
「何か問題?」と僕は訊いた。
 初め、彼は答えようとしなかった。車内の全員の視線が野村に向けられた。
「大会が中止になりました」と彼はやっと口を開いた。「ひどい雪らしくて」(320ページより)

 結果論かもしれないが、富士宮駅伝が中止になって目標が失われたことが、作品に立体感を加えている。涙が出るほど感動的なドラマがあるわけではなく、むしろ喪失感だけを意識させるからこそ、逆に著者の思いが浮き立っているのだ。

<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『駅伝マン――日本を走ったイギリス人』
 アダーナン・フィン 著
 濱野大道 訳
 早川書房

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。書評家、ライター。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。2月26日に新刊『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)を上梓。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減

ビジネス

米KKRの1─3月期、20%増益 手数料収入が堅調

ビジネス

米フォード、4月の米国販売は16%増 EVは急減
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中