イングランドのエセックスに住む英国人ジャーナリストが、日本社会の"入門書"を書いた。それも、日本の読者向けに日本で出版したのである。以前は日本に住んでいたというが、イギリスに帰ってもう5年。そんな人物に書く資格が――あるのだ。その人物はコリン・ジョイスだから。
本誌ウェブコラム「Edge of Europe」でもお馴染みのコリン・ジョイスは、92年に来日し、高校の英語教師や本誌記者、英紙『デイリーテレグラフ』東京特派員などを経て、2007年に日本を離れた(ちなみに、詳しいプロフィールはこちら)。
以下、まずは「9 ゆるキャラ、侮るなかれ」から。
最近そういう事態に陥ったのは、東京の博物館の静寂の中だった。ぼくは友だちといっしょに版画のコレクションを観賞していた。明治維新後に新しい思想や発明がどんどん入ってきたすばらしい時代の東京を描いた作品群だ。おそらくぼくは自分を賢く見せたかったのだろう、このテーマについて持っている乏しい知識を披露しようとした(「当時の男性は洋服と和服を合わせて着ていたなんて面白いな」とか「浅草の五重の塔は、以前は浅草寺の右側にあったことがわかるでしょ」とか)。
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それから友だちが口にした言葉に、ぼくは恥ずかしいほど爆笑してしまった。よりたくさんの人が、変な人だという目でぼくを見たので、事態はさらに面倒なことになってしまった。ぼくは笑いを押し殺そうとしたのだが、そのせいで鼻からおかしな音が出てしまい、まわりの人たちは今度はぼくを見ないようになった。いかれたやつだと思われた確かなしるしだ。そのせいでぼくはまた笑ってしまい、落ち着きを取り戻すまでにかなりの時間がかかった。友だちが口にした言葉は「あ、ノーパン・ピーポだよ」だった。彼女が警視庁のマスコット「キャラクター」の絵を載せたポスターの話をしているとわかるまでに、〇・五秒かかった。さらに笑いが噴き出すまでに、また〇・五秒かかった。奇妙なことに、笑いに身をよじらせてから、ようやくぼくは何がそんなにおかしいと思ったのか分析することになった。
ぼくは「ピーポくん」をずっと前から知っていて、日本に住む多くの外国人と同じく彼のことを変だと思っていた。この小さくてかわいらしいキャラクターは、どう見ても警察のシンボルにはふさわしくないように思えた。「ピーポくん」はもっと強そうなキャラクターであるべきではないか。犯罪との終わりなき戦いに立ち向かうべく、厳しそうで、できれば怖いくらいの顔つきをしていてもいいのではないか。
「ピーポくん」は、日本では組織や企業、キャンペーン、地域、商品など、ほとんどあらゆるものがかわいらしいキャラクターをシンボルにする必要性があることを示す典型的な例だ。