最新記事

【2016米大統領選】最新現地リポート

サンダース旋風の裏にある異様なヒラリー・バッシング

2016年2月17日(水)15時30分
渡辺由佳里(エッセイスト)

pereport-sanders02.jpg

民主党のイベント会場の前ではサンダース支持者のDJが軽快な音楽を流していた(筆者撮影)

 もちろん違いはある。20世紀のカウンターカルチャーの背景にはベトナム戦争があったが、徴兵制度がない今の若者にとって、泥沼化しているイラク戦争はさほど身近なものではない。それよりも、値上がりを続ける大学の授業料と就職難のほうが肌で感じる切実な問題なのだ。

 トップ大学の学費は年間500万円を超え、学費ローンという借金を抱える大学卒業生は半数以上。卒業時点での借金の平均は現時点で500万円程度だという。しかも、アメリカでは、四年制の大学を卒業しただけでは高給の職には就けない。「海洋生物学を学んだのに、それを活かすためには大学院に行く必要があり、その資金を貯める就職先がない」と嘆く若者や、「非営利団体での仕事は楽しいけれど、給料が安いのでローンを返せない」とぼやく若者が筆者の知り合いにも沢山いる。しかも彼らは、アメリカでは収入が上位10%に属する中産階級の子弟なのだ。

 国民の収入格差は、現代アメリカが抱える深刻な問題だ。上位0.1%に属する少数の金持ちが持つ富は、下方90%が持つ富の合計と等しく 、70年代にはアメリカの過半数だった「中産階級」(調査機関ピュー研究所の定義では、国民の平均年収の3分の2から2倍の収入がある層) が消えつつある。

 サンダースは、大衆の心をとらえやすく、覚えやすいようにするためだろう、「99% vs 1%」という数字を使っている。不公平な時代に生まれたことに憤る若者たちにアピールするのが、サンダースの「近年では、経済がもたらす新たな収入の99%は、上位1%に行っている」 というスピーチと、次のような公約だ。

・大学の学費を無料にする
・北欧のように国民全員が無料で医療を受けられるようにする
・中産階級から搾取して富を独占するウォール街を解体し、収入と富の平等を図る

 60年代の若者の敵は、戦争や人種差別を続ける政府だった。サンダースを支持する現代の若者の最大の敵は「上位1%に属する大富豪」であり、その1%を独占する「ウォール街」だ。このあたりは、2011年の「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」運動の流れを受け継いでいる。

【参考記事】アイオワ州党員集会 共和党は正常化、民主党は異常事態へ

 彼らは、共和党候補だけでなく、サンダースのライバルであるヒラリーと、ヒラリーを応援する政治家も、上位1%を支える「体制」側の敵とみなしている。ニューハンプシャー州マンチェスター市で開催された民主党のディナーイベントで、それは如実に見て取れた。

 イベント会場は、ふだんはアイスホッケーの試合が行われるアリーナで、面白いことに、バーニーとヒラリーの双方の支持者が、対戦するホッケーチームを応援するファンのように、ステージを挟んで左右に綺麗に分かれて座っていた。

 ヒラリー応援団には、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)活動家、人権理事会(HRC)、家族計画連盟(Planned Parenthood Federation)といった支援団体のメンバーが目立ち、まとまった感じだった。

 一方のサンダース応援団は若者が多いが、60~70歳くらいの年配の人が結構混じっている。彼らも、かつてはジャック・ケルアックの本をベルボトムのジーンズのお尻のポケットにつっこみ、ウッドストックや反戦運動に出かけた若者たちなのだろう。

 大学の学費を無料にするためには、巨額な資金が必要だ。医療費もそうだ。「ではその資金はどこから持ってくるのか?」という人々の疑問に対して、サンダース陣営からは「ウォール街から」という答えが戻ってくる。

 シンプルな回答にサンダース支持者は満足しているようだが、少しでも現実的になれば、それが不可能なことは明らかだ。彼らが望むとおりウォール街を解体して搾取しても、経済の混乱を引き起こすだけで国民全員に無料で大学教育と医療を与えることはできない。サンダースが成功例として挙げる北欧諸国は租税や消費税が高いが、彼らはアメリカの税金が上がるのは断固として反対のようだ。トップ1%の金持ちが下方99%のコストを払えばいいと信じている。

 サンダース信奉者たちは、「タダ」を実現するコストについては考えない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

東京海上、純利益予想を下方修正 外貨間為替影響やア

ビジネス

農林中金、4ー9月期の純利益846億円 会社予想上

ワールド

EUは来月の首脳会議で融資承認を、ウクライナ高官「

ビジネス

午後3時のドルは155円前半、財務相・日銀総裁会談
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 10
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中