最新記事

ロシア

シリア空爆の深遠なる打算

アサド政権を支持する大国がついに軍事作戦を開始。過激派掃討を口実にキープレーヤーの座を狙う

2015年10月20日(火)16時30分
ニコライ・コザノフ(英王立国際問題研究所ロシア・ユーラシア担当特別研究員)

真の標的 空爆は反体制派を狙ったものだとの見方が強い(5月、破損した戦車を調べるアルヌスラ戦線のメンバー)

 内戦の嵐が吹き荒れるシリアで、ロシアがテロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)掃討を名目とする空爆作戦を開始した。これは驚くべき決断とは言えない。

 ロシア政府がシリア空爆のシナリオに備えていることが、初めて明らかになったのは8月半ば。ロシアの軍事顧問団がシリアを訪問し、現地の空港にロシア軍戦闘機の配備が可能かを検討していると、複数のメディアが報じたときだ。

 その後、アサド政権の支配地域に位置するシリア北西部ラタキアなど、3カ所の飛行場の再建工事が行われているとも報道された。こうした情報を受けて、ロシア政府が軍事作戦の準備をしているとの観測は高まるばかりだった。

 先月後半に至って、決定的なデータが登場した。シリアに派遣したロシア軍戦闘機と軍用ヘリの総数が、操縦を担当するシリア人パイロットの総数を超えている──。もはやロシア政府の意図に疑いはなくなった。

 先月30日、ついにロシアはシリア空爆に踏み切った。

 シリアで軍事作戦を行うという決断は、シリア内戦をロシアに都合のいい条件で終わらせるという戦略の論理的な帰結だ。

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は内戦終結の在り方について、シリアの既存の政府機関や制度に基づき、政権と反体制派の「健全な」勢力が権力を分かち合う形で和平を結ぶべきだとの主張を続けている。つまりバシャル・アサド大統領の退陣を、和平交渉の前提条件とするのは絶対に認められないということだ。

 ロシアに言わせれば、アサドはISISに立ち向かい、シリアを完全崩壊から救うことができる唯一の人物。それに対して欧米や多くの中東諸国は、アサドをシリア問題の解決に不可欠の要素ではなく、問題を生んだ原因そのものと見なしている。根本的に食い違う2つの見方が災いし、和平交渉は遅々として進まない。

 こうした現状を変えるべく、ロシア政府は今や二重路線で事に当たる構えだ。

 ロシアは今年の春以降、外交努力を強化し、欧米やペルシャ湾岸諸国をはじめとする中東の国々に、和平協定をめぐる自国の主張の受け入れを迫っている。その一方で、交渉を自らに望ましい方向へ進展させるまでの時間稼ぎとして、軍事的支援を通じてアサド政権の延命を図っている。

 こうした状況を考えれば、シリアでの軍事作戦は、ロシアが中東で繰り広げるゲームの切り札になるかもしれない。その理由は3つある。

懸念は軍事作戦のコスト

 第1に、ロシアの軍事行動のおかげで、アサド政権が生き延びる確率は確実に高まる。ISISなどシリア領内の過激派組織の打倒を掲げるロシアだが、シリア政府軍の援護目的での空爆を行わないと考えるのは単純過ぎると、ロシアの軍事専門家でさえ口にしている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハメネイ師標的なら対応「無制限」、高濃縮ウランは移

ワールド

焦点:トランプ氏のイラン攻撃は「最大の賭け」、リス

ワールド

韓国、米に懸念表明へ 半導体装置の特例措置撤回観測

ワールド

米がイラン核施設攻撃、和平迫るトランプ氏 イスラエ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 2
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 6
    【クイズ】次のうち、中国の資金援助を受けていない…
  • 7
    ジョージ王子が「王室流エチケット」を伝授する姿が…
  • 8
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 9
    イタすぎる? 人気歌手のコンサートで「はしゃぎすぎ…
  • 10
    中国人ジャーナリストが日本のホームレスを3年間取材…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 10
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中