最新記事

心理学

貧しさがあなたの頭をニブくする

誤った判断が貧困を招くのではなく貧困自体が貧しい人々の判断を鈍らせているとしたら

2013年10月11日(金)15時31分
マシュー・イグレシアス(スレート誌ビジネス・経済担当)

貧困の連鎖 貧しさから自力で抜け出すのは難しい(ロサンゼルスで無料の食事を求めて並ぶ人々) Jason Redmond-Reuters

 私が食料品を買うのは、通勤経路にあるホールフーズ・マーケットがほとんどだ。3分ほど回り道してセーフウェイで買えばもっと安く済むが、そうはしない。そのせいで、余計な金を使っているのは知っているが。

 ビジネスライターの私には、ホールフーズのどの商品の価格がどれだけ高く設定されているか分かる。その価格が品質に見合っている場合と、そうでない場合があることも。

 でも買い物客としてセーフウェイに行くのは、あの店のフラワートルティーヤを食べたくなったときだけ。それ以外の場合は便利さを優先する。毎月の食料品代が予算内に収まればいい。金を無駄にしているだろうが、節約に多大な時間とエネルギーを使うのは割に合わない。

 これが暮らしのゆとりというものだ。貧しい人よりいいものを買い、ちょっとした便利さのためにいくらかの金を使うことができる。そのおかげで、家計の細かなことをあれこれ考えずに済む。

 サイエンス誌に先頃発表された論文によれば、家計に不安を抱えていると、認知能力が大きく低下するという。研究では米ニュージャージー州のショッピングモールに来る低所得者層と、世界平均で見た貧困層に当たるインドのタミルナド州の農民からデータを集めた。するといずれの調査からも、家計のやりくりを考えるだけで認知能力が低下することが分かった。

 アメリカの調査では、車を修理する人をテストした。すると高所得者や少額の修理で済む低所得者に比べ、多額の負担を強いられた低所得者の認知能力が低かった。

 インドでは、サトウキビを収穫する前と後で農民の認知能力を測った。すると、収穫を終えて金が入ってくることが分かっているときのほうが収穫前よりも認知テストの成績が高かった。

「常識」とは正反対の結論

 認知能力についての今回の研究結果の中で特に注目すべきなのは、貧困自体への理解に対するものかもしれない。貧しい人もそうでない人も誤った選択をすることはあるが、貧しい人は平均以上に誤った選択が多いという統計もある。そのため、貧困を引き起こすのは経済的事情より未熟な判断だという安易な結論に飛び付きがちだ。

 しかし今回の研究が示しているのは、まったく逆のことだ。判断力を狂わせ、誤った選択をさせるのは貧困のほうなのだ。

 アメリカの低所得者層は世界の標準では貧しいといえないことがほとんどなので、途上国で成功した貧困対策もアメリカでは成果が上がらないことが多い。だから今回の研究で、アメリカとインドで同じ傾向が確認できたことには意義がある。

 アメリカの貧困への取り組みでは、複雑な現代経済を乗り切るために必要な能力や「人的資本」という観点が強調される。すると教育に注目が集まり、学校改革や就学前教育の在り方が議論されることになる。

 だが、助けが必要なのは大人も同じだ。子供と違い、大人が貧しいのは本人の問題とされがちだ。そのため貧しい大人は、金の使い道をきちんと判断できる人と見なされないことが多い。

 貧困者を経済的にあまり手助けすべきではない、あるいは援助するにしても要件や資格を厳しくすべきだという認識が、貧困の問題をこじらせているのかもしれない。金銭面の心配があると、そもそも貧困から抜け出すのに必要な賢い選択ができなくなるのだから。

 貧しい人が立ち直るのを助ける最善の策の1つは、彼らの貧しさを軽減してやることだ。

© 2013, Slate

[2013年10月 1日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米国防長官、陸軍参謀総長を解任=関係筋

ワールド

ゼレンスキー氏、ホルムズ海峡巡りウクライナの専門知

ワールド

ハマス、イスラエルのガザ全面撤退保証なしの武装解除

ワールド

米国務長官、中国のパナマ船拿捕に懸念表明
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イラン恐怖」の正体
  • 2
    年金は何歳からもらうのが得? 男女で違う「最適な受給年齢」
  • 3
    破産申請の理由の4割以上が「関税コスト」...トランプ関税が米国民に与える「破産」の苦しみ
  • 4
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 5
    血圧やコレステロール値より重要?死亡リスクを予測…
  • 6
    日本の男女の賃金格差は世界でも突出して大きい
  • 7
    人口減の自治体を救う「小さな浄水場」──誰もが常に…
  • 8
    先進国が出生数の減少を嘆く必要はない? 「経済的…
  • 9
    「一般市民に敵意なし」...イラン大統領が米国民宛て…
  • 10
    200年前の沈没記録が裏付けられた...捕鯨船を海の藻…
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 4
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 5
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 6
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 7
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 8
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 9
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 10
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のS…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中