最新記事

医学

免疫が切り拓く「がん治療」最前線

2012年4月16日(月)13時54分
シャロン・べグリー(サイエンス担当) 井口景子、高木由美子、知久敏之(本誌記者)

理論上は癌の「予防」も可能

 早期治療の先に、癌の「予防」という壮大な夢を描く研究者もいる。一説では、免疫細胞は一度覚えた「敵」の情報を忘れないとされる。「記憶」の永続期間については議論が分かれるところだが、健康なときに癌ワクチンを投与しておけば、将来癌を発症しても、免疫細胞がすぐに反応して癌を殺してくれるというシナリオも理論上は可能だ。

 ワシントン大学のダイシスは、米政府から790万ドルの支援を受け、予防用ワクチンの開発に挑んでいる(普及している子宮頸癌の予防ワクチンは癌を引き起こすウイルスが標的で、癌に対する免疫治療とは異なる)。

 さまざまな可能性を秘めた免疫治療に研究者や患者、製薬企業の期待も高まっている。アメリカの乳癌患者団体「乳癌と闘う全米連合」は、2020年1月1日までに乳癌を根絶するという大胆な目標を掲げるアルテミス・プロジェクトをスタート。一番の近道として、癌ワクチン研究への資金提供を表明した。

 研究開発も急ピッチで進んでいる。FDAは10年、前立腺癌用のワクチン「プロベンジ」を認可(患者自身の抗原を教え込んだ免疫細胞を使う点で免疫細胞治療に近い)。昨年には転移性メラノーマ(悪性黒色腫)に効く「エルボイ」も認可された。エルボイは、免疫が本来の力を発揮できないよう邪魔する分子を抑え込むワクチン。「免疫系統にかけられたブレーキを解除することで、癌細胞を殺しやすくする」と、テキサス州立大学M・D・アンダーソン癌センターのパトリック・ホウは言う。

 臨床試験中のものにも有望株は数多くある。米国立癌研究所(NCI)によれば、ほぼ完治が可能な精巣癌から、死に至るリスクが高い膵臓癌や脳腫瘍まで、癌の種類は実に150種類以上。臨床試験の対象となる癌には、従来の医学では手に負えない悪性腫瘍も含まれる。NCIのジェームズ・ガリー率いる研究チームは昨年、転移性の卵巣癌と乳癌に癌ワクチン「PANVAC」が一定の効果を示したと発表した。デューク大学では脳腫瘍摘出後の患者にワクチンを投与したところ、生存期間が約1年延びた。「ごく数人の特殊な事例ではない、多くの患者への効果が実証されつつある」と、ワシントン大学のダイシスも言う。

医療機関の見極めも大事

 日本や海外の大学と医療機関に免疫細胞治療の先端技術を提供する日本のバイオベンチャー、メディネットによれば、日本でも最先端の免疫治療を受けられる環境が整いつつあるという。日本の場合、免疫治療は民間の専門医療機関と一部の大学病院で行われており、何らかの免疫治療を受ける患者は年間3万人と推定される。

 もっとも医療機関の質はさまざまだ。治療成績や研究結果を公表しなかったり、患者の癌の特徴を入念に調べることなく治療法を決めてしまう例もある。医療費の自己負担も大きなハードルだ。免疫治療は健康保険の適用外で、大半の民間の癌保険でもカバーされない。そのため約3カ月で全6回という標準的なケースで、150万円程度の費用はすべて自己負担となる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米軍、ベネズエラからの麻薬密売船攻撃 3人殺害=ト

ビジネス

米アルファベット、時価総額が初の3兆ドル突破 AI

ビジネス

株式と債券の相関性低下、政府債務増大懸念高まる=B

ビジネス

米国株式市場=ナスダック連日最高値、アルファベット
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中