最新記事

陰謀

中国共産党を揺さぶる謎の失踪劇

次期トップ訪米直前に起きた重慶市幹部の亡命騒ぎ。政府がひた隠しにする「権力闘争」をネット市民が暴く

2012年3月15日(木)13時22分
メリンダ・リウ(北京支局長)

行方不明 マフィア摘発で人気者になった王立軍・重慶市副市長だが(2011年3月、北京) Feng Li/Getty Images

 地方政府の汚職捜査と犯罪組織退治で名を上げた警察トップが一転犯罪者とされ、アメリカ総領事館に亡命申請したあと行方不明に。背後には世代交代を目前にした中国政府の権力闘争が──。

 冷戦時代が舞台のスパイ小説のようだが、これは21世紀の中国の話だ。王立軍(ワン・リーチュン、52)重慶市副市長の身に何が起きたのかをめぐって、中国ではネット上でさまざまな噂が駆け巡っている。

 政府当局の発表は曖昧で、真相は誰にも分からない。これまで王を重用してきた簿熙来(ポー・シーライ)重慶市共産党委員会書記(62)はどうなるのか。この秋予定されている中国共産党指導部の世代交代にも何らかの影響があるのか。

 王は09年3月に重慶市公安局長に赴任して以来、徹底的なマフィア取り締まりを指揮してきた。1万人の警察官を動員して350以上のマフィアを摘発し、約6000人を逮捕。また警察を含む行政当局からもマフィア関係者を一掃して大きな称賛を浴びた。

 権力に弱く腰が重いことで知られる中国の警察にあって、王は自ら摘発の先頭に立った。優れた武術家でもある王をモデルに、テレビドラマや映画も作られた。そして昨年5月、王は重慶市副市長の兼務を任ぜられた。

 王の後ろ盾となってきた薄一波(ポー・イーポー)は、共産党幹部のを父親に持つ典型的な太子党(党幹部の子弟)だ。大胆で上昇志向の強い人物として知られ、王の暴力団摘発をサポートし、「唱紅歌(革命歌を歌おう)」として知られる共産主義賛美運動を指揮したことで、党内と人民の両方の間で急速に知名度を上げてきた。

 ところが今月初め、重慶市政府は王の公安局長兼務を解き、景観維持や歴史保存の担当とする人事を発表。たちまちネット上では粛清の噂が広がった。さらに王が先週、四川省成都市にあるアメリカ総領事館を訪れた後、消息不明となったことが明らかになると、亡命を試みたとか権力闘争に巻き込まれたという噂が急速に広がった。

 米国務省は、王が重慶市副市長として総領事館を訪れたことを認めた。しかしその後、王は「自分の意思で(領事館から)出て行った。彼自身の選択だ」と、ビクトリア・ヌランド報道官は述べている(王が亡命申請をしたかどうかについてはコメントを拒否)。

米領事館周辺にパトカー

 理由は分からないが、王と薄の両方が大きなトラブルに巻き込まれたことは事実のようだ。薄は、この秋予定されている中国共産党の人事で、最高権力機関である政治局常務委員会入りを狙っているとされる。それだけに薄には「大きな打撃だろう」と、米ブルッキングズ研究所の中国担当アナリスト、チョン・リーは言う。

 一方、この騒動の明らかな勝者は中国の草の根ネットユーザーたちだろう。彼らは政府当局者よりも信頼性があり、ずっと説得力のある情報を流せることを証明してきた。

 メディア戦略にたけた薄は、中国版ツイッター微博(ウェイボー)を市民とのコミュニケーションに使うこと(そして自分の知名度を高めること)を早くから唱えてきた。どうやら自らの政治的野心を実現するためにテクノロジーを駆使してきた薄が、そのテクノロジー故に挫折を味わう可能性が出てきた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中