最新記事

韓国

五輪をもぎ取った李明博の集票マシン

数百人の側近やビジネスマンからなる代表団を率いてIOC総会に乗り込み、物心両面で世界を口説き落とした手腕

2011年7月8日(金)13時53分
ドナルド・カーク

歓喜 李大統領を中心に3度目の正直で招致に成功 Rogan Ward-Reuters

 6日の深夜にニュースを見ていた人たちは、シャンパンのボトルを開けたかのように歓喜を爆発させた。

「泣かずにはいられなかった」と、平昌(ピョンチャン)の高級ホテルのロビーにいたコ・スンヒは言った。「長い間、待ちに待ったのだから」

 ソウルから車で3時間ほどの丘陵地帯にあり、冬のリゾート地として知られる平昌はミュンヘン(ドイツ)とアヌシー(フランス)を大差で破り、2018年冬季五輪の開催都市に選ばれた。

 平昌に暮らす4万6000人ほどの人々は国家のプライドよりも、五輪に向けて着実な伸びが見込まれる観光業への期待に胸を躍らせている。「いい機会になるだろう」と、夫と小さなホテルを経営するチャン・ジュリは言う。「うちのホテルの1階にレストランをオープンするつもり。スキーやスノーボードのレンタルもしたい。もしかしたらカラオケも始めるかもね」

 韓国の政治家やビジネスマンも、60年前の朝鮮戦争で激戦地となったこの地域に数十億ドル規模の投資を行いたいと考えている。莫大な費用のかかる計画の一つが、高速鉄道の建設だ。山を削って長いトンネルを造り、ソウルから平昌を通って東海岸沿いの江陵まで1時間ほどで到着できるようにする。

 韓国は2010年大会でバンクーバー(カナダ)、2014年大会でソチ(ロシア)に敗れており、今回は3度目の挑戦。李明博(イ・ミョンバク)大統領は、招致合戦の全面改造を命じていた。それは国際オリンピック委員会(IOC)に対する「全面攻撃」をみればよくわかる。

 李は決意も新たに、数百人の側近やビジネスマンからなる代表団を率いてIOC総会が開催された南アフリカのダーバンに乗り込んだ。そして代表団それぞれに特定の相手との交渉に当たらせ、冬季五輪を「新たな地平」(韓国が今回打ち出した理念)に引き上げる必要性を説いて回らせた。

サムスンびいきは「両刃の剣」

 李は公には笑顔を見せていたものの、裏ではIOCの投票直前まで側近たちを厳しく指揮していた。韓国の聯合ニュースによれば、「最後まで間違いがあってはならない」と、李は側近に語っていた。「誠意が一番大事だ。全力を尽くそう」

 確実に得られる票は、米フォーブス誌が選ぶ「韓国の富豪40人」のトップで、財閥サムスングループの会長である李健煕(イ・ゴンヒ)のものだった。IOC委員である李会長は、大統領の支持者と見られている。彼の影響力のおかげで、韓国最大の複合企業サムソンと取引がある国々の代表から広い支持を取り付けられたようだ。

 結局、李大統領が組織した集票マシンは圧倒的な勝利をもたらした。平昌は106票中65票を獲得し、最後まで対抗馬と見られていたミュンヘンは25票、アヌシーはたったの7票だった。

 李大統領と李会長の関係はリスクも伴う。韓国のあらゆる業界や産業を支配するサムスンを、大統領がひいきにしていることに多くの韓国人が不満をもっている。中小企業の重要性を口では言いつつ、大統領はここ数年、世襲支配を続けるグループ企業間の株式持合いに対する規制を緩和し、複合企業の拡大を奨励してきた。

 20代の失業率が20%と報じられ、物価高で国民の生活苦が指摘される中、低下している李大統領の支持率はこれで一時的に上昇するかもしれない。だが五輪開催を勝ち取ったことが、有権者の李への「賛同」になる保証はない。

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=反発、FRB独立性に懸念もエヌビディ

ビジネス

26年の政策枠組み見直し後も2%物価目標を維持=カ

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、FRB理事解任巡り強弱感交

ワールド

ガザ病院攻撃、標的はハマスの監視カメラ イスラエル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 3
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪悪感も中毒も断ち切る「2つの習慣」
  • 4
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 5
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 6
    「美しく、恐ろしい...」アメリカを襲った大型ハリケ…
  • 7
    「ありがとう」は、なぜ便利な日本語なのか?...「言…
  • 8
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    アメリカの農地に「中国のソーラーパネルは要らない…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 10
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中