最新記事

ノーベル賞

中国の平和賞批判はナチスがお手本?

ヒトラー政権を批判したジャーナリストが30年代にノーベル平和賞を受賞するまでの悪夢は、今回の騒動に不気味なほど共通点がある

2010年12月13日(月)18時37分
デービッド・ケース

歴史は繰り返す 中国の民主化運動の第一人者、劉暁波はノーベル賞受賞の日を獄中で迎えた Toby Melville-Reuters

 中国の民主活動家、劉暁波(リウ・シアオポー)のノーベル平和賞受賞に対して、中国当局は予想通りの激しい攻撃を展開している。ただし中国当局の主張にも、少なくとも表面的には正しいことが1点ある。

 国営メディアの人民日報は、社説で次のように指摘した。「(アルフレッド・)ノーベルの遺志に従えば、平和賞は『国家間の友好、軍備の撤廃や軍縮、和平交渉の促進に最大の貢献をした』者に授与されるべきだ。劉はその条件に合っていない」

 大学教授で文芸批評家でもある劉は、1989年の天安門事件で指導的な役割を果たし、人権擁護活動を展開して何度も投獄されてきた民主化運動の第一人者。北京オリンピック開催に沸いた08年には、中国共産党の平和的な改革を呼びかける「08憲章」の発起人となり、中国の統治体制は「変化が避けられない段階にまで後退」していると主張。表現や集会、信仰の自由、司法の独立、多党制選挙などを呼びかけた。

 1万人以上の署名が集まった08憲章は、天安門事件以降の中国で最大の民主化運動となった。劉は翌年、破壊活動の罪で懲役11年の判決を受けた。

 人民日報が指摘したように、劉が軍縮や和平交渉の促進、国家間の友好に尽力したとは言い難い。では、劉はノーベル平和賞にふさわしくないのだろうか。

選考基準を大きく変えたジャーナリスト

 歴史をひも解くと、過去にも同じ問題が浮上したことがあった。アドルフ・ヒトラーがドイツで権勢をふるった1930年代半ばのことだ。

 ノーベル賞公式サイトのオイビント・トネソン編集長によれば、ノーベル賞選考委員会は従来、武装解除や国家間の和平に尽力した人物に平和賞を与えるというアルフレッド・ノーベルの遺志を尊重した選考を行ってきた。

 その解釈に変化が生じたのは、ドイツ人ジャーナリストで反ナチス活動家のカール・フォン・オシエツキーが平和賞を受賞したときのこと。オシエツキーは、ベルサイユ条約に違反するドイツの軍備拡張計画について報じたために国家反逆罪で投獄されていた。1935年、オシエツキーに平和賞を授与すべきかという論争があまりに加熱したため、選考委員会はその年の授与を見送り、翌年オシエツキーが釈放されてから、改めて平和賞を授与した。

 当時は世界恐慌が巻き起こり、イタリアではムッソリーニ政権が、スペインでは極右勢力が台頭していた緊迫の時代。選考委員会は「不当で許しがたい政治的不正に抵抗する」手段としてノーベル賞の威光を利用する必要性を認識していたと、近年の選考に関与しているある人物は語る。

 オシエツキーへの授賞はノーベル平和賞史上最も意見が分かれ、最も重要な意味をもつ出来事だったと、トネソンは指摘する。さらに、自国政府の不正に立ち向かう人物に平和賞を贈る好例にもなった。

 その後、ミャンマーの軍事政権に自宅軟禁されていたアウン・サン・スー・チー(91年)、ソ連の物理学者で人権活動家のアンドレイ・サハロフ(75年)、人種差別と戦ったアメリカのマーチン・ルーサー・キング(64年)などが平和賞を受賞。さらに、マザー・テレサ(79年)や貧困層に融資するグラミン銀行のムハマド・ユヌス総裁(06年)など、貧困問題に尽力した人物にも対象が拡大された。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英財務相、増税巡る批判に反論 野党は福祉支出拡大を

ビジネス

中国の安踏体育と李寧、プーマ買収検討 合意困難か=

ビジネス

ユーロ圏10月銀行融資、企業向けは伸び横ばい 家計

ビジネス

成長型経済へ、26年度は物価上昇を適切に反映した予
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中