最新記事

中東

欧米に噛みつくトルコの豪腕宰相

2010年10月26日(火)15時54分
オーエン・マシューズ

 08年の憲法改正に対し、世俗派は政教分離の原則を脅かす動きだと反発。裁判所は、AKPと党幹部たちの政治活動を禁止しようとした(失敗に終わった)。

 もっとも、エルドアンにしてみれば、この問題は宗教の問題というより人権の問題だった。

「(エルドアンにとっては)個人的感情を強く動かされる問題だった」と、エルドアンに近いAKP所属の元国会議員は言う(首相の家族を話題にしていることを理由に匿名を希望)。「(彼自身は)娘たちを海外の大学で学ばせる財力があった。だが、経済的ゆとりのない家庭がイスラムの信仰を優先すれば、娘の将来のための教育を諦めざるを得ないのは、正義に反すると思っていた」

「異論に耳を貸さない」

 政治家としてのエルドアンの行動は、しばしば個人的な経験の影響を強く受けている。「イスタンブールのスラム地区で育った貧しい日々を忘れていない」と、AKPの選挙対策担当者の1人は言う。「(エルドアンの)ものの考え方の中心を成しているのは、何よりもそのときの経験だ」

 政治が個人的な性格を帯び過ぎるときもある。エルドアンはロシアのウラジーミル・プーチン首相に似て、ストリートファイター的な闘争本能の持ち主だ。トルコ政府は09年9月、脱税を理由に、トルコ最大のメディアグループであるドアン・グループに25億ドル相当の罰金を科す決定を言い渡した。これは、同グループが政府批判を繰り返してきたことに対する報復と見なされている。

「誰の意見にも耳を貸さなくなった」と、CNNトルコのキャスター、メフメット・アリ・ビランドは言う。「昔はメディアを好み、対立派と冗談を交わし、議論をしたり、時には意見を求めたりもした。今は、何千人もの従業員を擁する巨大メディアグループをつぶし、反対派を沈黙させ、自分の息の掛かったメディアをつくろうとしている」
 
 エルドアンは国民と乖離した傲慢な指導者になりつつあると、トルコの政治ウオッチャーたちは指摘する。一般市民がエルドアンにやじを飛ばすなどしたために逮捕されたり、暴力を振るわれたり、投獄されたりした例が少なくとも5、6件はあると、ジャーナリストのブラク・ベクディルは言う。

 欧米の友好国の不安を最もかき立てているのは、エルドアンがイランのマフムード・アハマディネジャド大統領のような人物と親しげに振る舞っていることだ。5月にアハマディネジャドと抱擁を交わし、「良き友人」と呼んだときは、アメリカ政府が激怒した。エルドアンは、いったい何を考えているのか?

 1つには、欧米諸国から「子分」のように扱われたくないという強い思いがある。「トルコの外交政策には、インドネシアやブラジルといった、ほかの新興諸国と共通する要素が見て取れる。欧米以外が国際政治の主導権を握ってもいいはずだと感じている」と、シンクタンク、ジャーマン・マーシャルファンド(米ワシントン)のトルコ研究者イアン・レッサーは言う。

 こうした姿勢に、イスラエルに対する過激な発言が相まって、エルドアンは多くのアラブ人の間で英雄的な存在になっている。何しろ、パレスチナのガザ地区を「収容所」と呼び、パレスチナのイスラム原理主義武装勢力ハマスを「テロ組織」と位置付けることを拒んでいるのだ。

冷静な商業上の計算も

 しかしトルコ外交の指針は、イスラム教がどうこうというより、産業界の利害によって決まっている。「トルコの経済成長の源は、ヨーロッパではなく、ロシア、中央アジア、ペルシャ湾岸諸国だ」と、レッサーは言う。「トルコが東を向いているのは、(経済上の判断であって、安全保障上の)判断ではない」

 前出の元国会議員によれば、トルコが経済危機を克服し、以前より力強さを増したことに、エルドアンは誇りを感じているという。

 いまエルドアンにとって最大の目標は、軍人ではなく国民が国の未来を決める国をつくること。いずれは傲慢な態度と露骨な反対派弾圧が反感を買って、国民により選挙で政権から引きずり降ろされるに違いない。

 それでも、そのときまでにトルコが今より分裂を克服し、近隣諸国と友好的な関係を築いていれば、エルドアンのギャンブルは大成功だったことになる。

[2010年9月29日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、高市首相の台湾発言撤回要求 国連総長に書簡

ワールド

MAGA派グリーン議員、来年1月の辞職表明 トラン

ワールド

アングル:動き出したECB次期執行部人事、多様性欠

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワイトカラー」は大量に人余り...変わる日本の職業選択
  • 4
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 5
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 9
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中