最新記事

中東

欧米に噛みつくトルコの豪腕宰相

古くからの親欧米路線を捨てて、反欧米諸国の強い中東イスラム諸国に接近するエルドアン首相の狙い

2010年10月26日(火)15時54分
オーエン・マシューズ

傲慢な独裁者? 反対派を押しつぶそうとする強圧的な態度が目立つようになったエルドアン Umit Bektas- Reuters

 イスラム教でギャンブルは禁じられているが、レジェップ・タイップ・エルドアンは敬虔なイスラム教徒でありながら、大胆なギャンブルを続けている。

 02年の総選挙でトルコ政治の実権を握り、翌03年首相に就任して以来、エルドアンはこの国の既存の支配体制、すなわち、政教分離を厳格に貫こうとする「世俗派」の軍と裁判所を相手に賭けを繰り返してきた。

 軍と裁判所は、宗教色が強過ぎるとの理由でエルドアンを政治の舞台から追放し、エルドアン率いる公正発展党(AKP)の活動を禁止しようと試みてきた。しかし、選挙や国民投票でことごとく勝利を収めているのはエルドアンだ。

 今回、エルドアンはまたしても大きなギャンブルに打って出た。軍部の影響力を弱めることなどを内容とする憲法改正を提案し、9月12日に国民投票を実施。58%の賛成を得た。エルドアンが国民の支持を受けて、自分のイメージどおりにトルコという国をつくり替えていくのだろうか。

 トルコがエルドアンの思いどおりの国になる──そう考えただけで、アメリカ政府はいら立ちを感じる。アメリカが恐れるのは、トルコが古くからの親欧米路線を捨てて、反米色の強い中東のイスラム諸国と足並みをそろえることだ。

 このところ、そうした不安を裏付ける出来事が相次いでいる。6月、エルドアンはブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領と共に、国連安全保障理事会でイランの核開発計画に対する追加制裁決議に反対票を投じた(決議は賛成多数で可決)。

イスラム賛美で投獄を経験

 5月に、パレスチナ自治区のガザに援助物資などを運んでいた国際支援船がイスラエルの特殊部隊に襲われ、トルコ人に死者が出ると猛烈に抗議。「国家テロ行為」に手を染めていると、イスラエルを厳しく批判した。

 これまでトルコは、アメリカと最も親しいイスラム圏の国だった。民主主義と政教分離の原則は、中東諸国が目指すべきお手本に見えていた。ウォールストリート・ジャーナル紙の社説でロバート・ポロックが指摘したように、エルドアンはトルコを「狂気に沈み込ませようとしている」のか。

 この問いに答えるためには、過激なレトリックに気を取られず、謎めいた首相の人物像に目を向ける必要がある。

 エルドアンは90年代から物議を醸し続けてきた。イスタンブール市長時代には、西洋式の新年の祝いや水着の着用を批判し、アルコールの禁止を提案。「イスラム法の召使」を自称した。

 97年には、「モスク(イスラム礼拝所)はわが兵舎、ドームはわがヘルメット、ミナレット(尖塔)はわが銃剣」というイスラム賛美の詩を政治集会で暗唱。扇動罪に問われて、刑務所生活を経験した。

 その頃のエルドアンとは違うと、友人たちは言う。「政権に就いてから打ち出した政策を見れば、イスラム教に関係するものはあまりない」と、ロンドン在住の政治アナリスト、グレンビル・バイフォードは言う。エルドアンは首相就任以来、少数民族クルド人の権利回復、軍の無罪特権の廃止、アルメニアやギリシャとの関係改善など、数々の懸案の解消に取り組んできた。

 AKPがイスラム教的な法律の制定を目指したことは、これまでに2度しかない。1度目は、04年に姦通罪の制定を提唱したとき(世論の猛烈な反対を受けて撤回)。2度目は、08年に憲法を改正し、女性が大学など公の場でイスラム教のスカーフを着けることを可能にしたときだ(80年以降、法律で禁止されていた)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

宇宙船オリオン、4人乗せ地球に無事帰還 月の裏側を

ワールド

アングル:イラン戦争でインフレ再燃、トランプ政権に

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、中東停戦維持期待で安全資産

ワールド

イラン交渉団がパキスタン到着、レバノン停戦要求 米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国防軍は崩壊寸前」
  • 4
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 5
    目のやり場に困る...元アイスホッケー女性選手の「密…
  • 6
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 7
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 8
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 9
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 10
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 7
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 8
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 9
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 10
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中