最新記事

イギリス

「鉄の男」キャメロンの超緊縮改革

保守党が久々に出した新首相は、一見ナイスガイだが鉄の女サッチャーよりも剛腕で野心的。大胆な歳出削減で経済の再生に挑む

2010年10月21日(木)16時10分
ウィリアム・アンダーヒル(ロンドン支局)

革命児 政府の役割を減らして社会が教育や福祉の負担を肩代わりする「大きな社会」がキャメロンのビジョン Reuters

 知らなかったとは言わせない。デービッド・キャメロン英首相の大胆な改革案は、5月の総選挙に向けた保守党のマニフェスト(選挙公約)にその大部分が描かれていた。

 ただ、当時はあまり注目されなかった。イギリスの有権者は長年の経験から、選挙公約は曖昧な野心にすぎず、直ちに行動に移すという誓いではないと思っていた。

 それに、キャメロンは実に爽やかな好青年に見えた。彼は保守党のイメージを、マーガレット・サッチャー時代の自由市場論を振りかざす冷酷無情な集団から、もう少し穏やかで人間味のある政党に変身させてきた。

 首相就任前には北極圏を訪れて地球温暖化への取り組みをアピールし、同性カップルに異性夫婦と同等の権利を認める市民パートナーシップ法に賛成票を投じた。保守党のロゴもサッチャーが掲げた燃え盛るたいまつから、緑と青のクレヨンで描いたような地球に優しいカシの木に変更した。

 だが最近、キャメロンの別の顔が見えてきた。彼が描くイギリスの未来は、あらゆる点でサッチャーと同じくらい過激に見える。

 キャメロンには、「鉄の女」と呼ばれたサッチャーを上回るところさえある。サッチャーが本格的に国の改革に取り組み始めたのは政権2期目(83〜87年)に入ってから。国営企業を民営化し、労働組合をたたきつぶした。

 キャメロンは就任から4カ月で既に、国家の役割を社会に肩代わりさせる「大きな社会」の構築に取り掛かっている。医療と教育制度の権限を分散し、福祉制度を見直す。財政の削減に大なたを振るうと宣言して、6月には90億ドルの歳出削減(予算総額は約9950億ドル)を盛り込んだ緊急予算案を提出した。

既得権益に立ち向かう

 もっとも、本番はこれからだ。15年までに財政赤字を事実上解消するというジョージ・オズボーン財務相の野心には、アメリカの草の根保守派連合ティーパーティーの強硬派も感心するだろう。財政支出の徹底的な見直しの結果が10月に発表されたら、医療と対外援助を除く各省庁のすべての予算は今後4年間で最低25%削減されることになる。

 キャメロンとオズボーンは1期目の終わりまでに、政権発足時に歳入の47%を占めていた財政支出の割合を39%にまで削減しようとしている。サッチャーが91年に退陣した時点より2ポイント低い数字だ。この緊縮財政の過程で、公的部門で最大60万人の雇用が失われる。

 先輩のサッチャーと同じように、キャメロンは容赦のない戦いを突き進んでいる。労働組合は全面対決の構えで、ストライキに加えて、非暴力の抗議活動をちらつかせている。

 9月中旬の英労働組合会議(TUC)の年次総会では、キャメロンの予算案を糾弾する演説が相次いだ。「サービスを切り捨て、雇用を危機にさらし、格差を助長する──こうしてイギリスはより陰気で、野蛮で、おぞましい国になる」と、TUCのブレンダン・バーバー書記長は警告した。

 普段は保守党の強い支持基盤である警察も、緊縮財政が市民と労働者による騒乱をあおりかねないと不安を訴える。何しろ現場の警官が最大4万人削減されるのだ。

 政治家もいくらか犠牲を強いられる。閣僚は既に公用車と専属運転手を抱える権利を手放した。下院内のバーは補助金が削減され、ビールの値段が急騰している。

 こうした不安もキャメロンは気に掛けないようだ。「われわれは政府の文化を変え、一部の強力な既得権益に立ち向かおうとしている」と、キャメロンは9月11日付のオブザーバー紙に寄稿している。「この国が権力構造の変化を望み、必要としていることは事実だ──だから私は約束しよう、必ずやり遂げると」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

林氏が政策公表、物価上昇緩やかにし1%程度の実質賃

ビジネス

午後3時のドルは147円前半へ上昇、米FOMC後の

ビジネス

パナソニック、アノードフリー技術で高容量EV電池の

ワールド

米農務長官、関税収入による農家支援を示唆=FT
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中