最新記事

ブラジル

クレジット17回払いでお願いします

現金がなくても欲しいものがすぐ手に入る──新興中流層がはまるクレジットカードの甘い罠

2010年9月27日(月)15時36分
ミルナ・ドミット

悪魔のささやき 靴店シュービズの店内では「10回払いで金利ゼロ」の広告が目を引く Juan Sebastian Tello—GlobalPost

 ブラジルだけは世界的な信用危機もどこ吹く風のようだ。この国では貧しい人でも、液晶テレビやステレオやカプチーノメーカーをクレジットカードで買える。

 クレジットカードは限度額が大きい上、ただ同然で誰でも使える。カードの種類に関係なく分割払いの回数は無制限。17回払いも可能で、しかも金利はかからない。

 決して目新しい方法ではないが、ブラジルでは過去2年間、低いインフレ率と好景気を背景に、お金のない人がこれまでになく大胆になっている。「低所得の消費者はついに自分たちの番が来たと思っている」と、研究教育機関ジェトゥリオ・バルガス財団のエコノミスト、マルセロ・ネリは言う。「ブラジル人は今、長年の買い控えの埋め合わせをしている」
 
 ブラジル人は借金をして、より良い未来を手に入れようとしている。現在のインフレ率は4・5%前後。93年に2500%の記録的インフレを経験した彼らからみれば、低い水準だ。

 金融機関が小売店への支払いを保証し、消費者が支払えない場合はすべてのリスクを負うが、期限までに返済できないと金利が発生する(しかも、ブラジルの金利は世界で最も高い部類に入る)。分割払いの場合、店側が値段をつり上げがちなことも、消費者は承知の上だ。
 
 そんな消費者を逃すまいと、売る側は支払い期間をできるだけ延ばしたがる。ブラジル中央銀行によれば今年4月、クレジットカードなどローンを利用した購入額は総額2670億ドルに上り、1年間で18・2%の伸びを示した。

 家電製品と家具小売りチェーンのカサス・バイアは、分割払いを10回から17回もしくはそれ以上に延長したという。マリア・ダ・コンセイソン(58)は13年前からこの店の常連だ。「家政婦の仕事をして月収は600ドルくらい。即金だとベッドも買えない」。彼女はそう言って、フードミキサー2台とDVDプレーヤーを10回払いで購入した。

「高嶺の花」に手が届く

 ブラジルでは低所得層のほとんどが、1年中ローンを返済している。普通なら手の届かないものが買えるのは、ローンのおかげだ。「10回以上の分割払いのほうが慣れているし、より多く買える」と、買い物に来ていたロナルド・ロドリゲス(57)は言う。「家じゅうカサス・バイアで買ったものだらけ。冷蔵庫も電子レンジも洗濯機もそうだ」

 返済率は悪くない。調査会社セラサ・エクスペリアンによれば、1〜3月のデフォルト(債務不履行)率は09年同期比で6・7%減と、00年5月以降最大の減少となった(年ごとの増減のみ公表)。

 ブラジル最大の都市サンパウロの繁華街にある靴店シュービズ。「10回払いで金利ゼロ」という広告が目を引く店内で、美容師のニルマ・ロペス・デ・サントスは10回払いで娘たちの靴を買おうとしていた。「いつもクレジットカード払い。現金で娘に靴を買う余裕はない」と、ロペスは言う。
 
 家電販売チェーンのポントフリオでは、販売員が商品の価格を告げる前に分割払いを売り込んでいる。店長によれば、「顧客の90%が分割払いで買う。500ドルの商品を即金では買えないからだ」。

 こうした傾向に専門家は警鐘を鳴らす。「消費者は目を覚ますべきだ。店側は分割払いを隠れみのに値段をつり上げている」とブラジルのエコノミスト、ジョゼ・デュトラ・オリベイラ・ソブリニョは言う。「知っていれば、客は現金で安く買おうとするはずだ」

 しかし、多くのブラジル人には無理な話だ。経済が好調でも、ブラジルの新興中流層の月収は600〜2600ドル。300ドルの冷蔵庫は高嶺の花だ。「分割払いで高い値段を吹っ掛けられているのは分かっている。でも即金では何も買えないし、どうしてもワールドカップが見たいの」と、カサス・バイアでテレビを品定めしていた女性は言った。

GlobalPost.com特約)

[2010年8月25日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ボルソナロ氏長男、穏健政策訴えへ 出馬意向のブラジ

ビジネス

11月の基調的インフレ指標、加重中央値と最頻値が伸

ワールド

米、ナイジェリア上空で監視飛行 トランプ氏の軍事介

ビジネス

仏、政府閉鎖回避へ緊急つなぎ予算案 妥協案まとまら
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 4
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 5
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 6
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 7
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中