最新記事

カルチャー

夏の読書はスローでいこう

速読至上主義に反論! 情報過多で理解力不足の現代人に必要なのは「スローリーディング」だ

2010年8月17日(火)14時53分
マルコム・ジョーンズ(書評担当)

編集部からのお知らせ: 8月18日(水)発売のニューズウィーク日本版に読書特集「いま、読みたい本」が掲載されます。

 6月21日は「国際スローネスデー」だった。07年にイタリアのミラノで始まった運動で、「1年に1度くらい、忙しい毎日を忘れてのんびりしよう」という日だ。長い散歩をする。スープのだし取りから料理をする。良質な本をじっくり読む。あるいは座ったまま数分間何もしないだけでもいい。

 残念なのは、今年はその日が過ぎてしまったこと。だが今からでも遅くない。いや遅れて実践するほうが、スピード至上主義の現代に対するアンチテーゼという趣旨にぴったりだ。そこで提案したいのが「スローリーディング」だ。

 そもそも本を読むのが遅い人間は、いわれのない批判を受けがちだ。学校で読書が遅い子は出来が悪いと見なされ、いい成績ももらえない。それだけに速読ならぬ「遅読」を評価する動きは、意外に思えるかもしれない。

「スローリーディング」という概念が生まれた時期は、少なくとも19世紀にさかのぼる。ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェは1881年、自分は「スローリーディングの教師」だと語っている。その発言の念頭にあったのは、文章や文書を研究して、その根源的な意味を探る文献学だ。

 それから130年。人間はあらゆる分野でスピードを追求してきた。読書も例外ではない。ジョン・F・ケネディ元米大統領の伝説的な特技の1つは、毎朝新聞4〜5紙を読みこなす速読術だった。

 やがてどの家庭にもコンピューターがあるのが当たり前になり、私たちはますます文章にざっと目を通すようになり、省略語だらけのメールを書くようになった。

 時代のニーチェたちは、こうした傾向に抵抗してきた。20世紀半ばのアメリカ文学界では「新批評主義」が大きな勢いを得て、文章の「熟読」を唱えた。

 より広い意味で、ゆっくりしたライフスタイルが高く評価されるようになったのは、ここ10年のことだ。スローフードに始まり、スロートラベル、スローマネーのブームがやって来た。

 こうした「スローブーム」は、やることを減らして一つ一つの物事にじっくり取り組むことで、スピードを追求する現代の風潮にのみ込まれない生き方を提唱する。その意味ではスローリーディングは「運動」とは呼べない。そんな名前の組織もなければ、役員会も中心的なウェブサイトもない。

速読では疑問は解けない

 じっくり本を読むことの良さを説くウェブサイトはある。だが基本的にスローリーディングを支えているのはひと握りの作家や教師、研究者だ。彼らは、現代人はあまりに多くの本をあまりに速く読み過ぎだと考えている。そして1冊の本や記事に、もっと多くの時間を費やす価値に気付くべきだと訴えている。

『スローリーディング』の著者ジョン・ミーデマは、こうした動きをスローフード運動になぞらえる。スローフード運動がゆっくり食事を取ることだけでなく、地元で収穫された食材や伝統的食文化を重視するように、スローリーディングも速度だけでなく、読書の質に注目するべきだというのだ。

「(スローリーディングは)本をできるだけゆっくり読むことだけを推奨しているのではない」とミーデマは言う。「重要なのは、本の内容にのめり込むことだ」

 本職はIBMの技術者であるミーデマは、確固たる科学的裏付けがあるわけではないと断った上で、「速読が理解を低下させ、じっくり読むことが理解を深めることはよく知られている」と指摘する。

 またミーデマは、読書が遅い人は知性も乏しいという固定観念を否定して、「読み手が全身全霊を傾けて本の世界に心を開けば、(本に書かれた)情報との間に濃い関係が生まれて、(本の内容が)より記憶に残り、より豊かな知性をもたらしてくれる」と言う。

 現代人が情報の洪水に溺れていることは、専門家でなくても分かる。その情報を速く読んだからといって、大きな疑問が解けるわけではないのも明らかだ。

「人間はクレージーだ」と言うのは、スローリーディングについてブログを書いているサンフランシスコ大学のトレーシー・シーリー教授(英語学)だ。

「私たちはテクノロジーのとりこになっていて、最善の利用方法やその技術が持つ意味について時間をかけて考えようとしない。私にとって読書は、こうした傾向をきっぱり拒絶するよりどころだ」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イラン、兵器級に近い濃縮ウラン増加 協議停滞=IA

ワールド

中国・万科が土地売却完了、取得時より3割弱低い価格

ワールド

中国・上海市、住宅の頭金比率引き下げ 購入規制を緩

ビジネス

インタビュー:赤字の中国事業「着実に利益を上げる形
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 2

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 5

    カミラ王妃が「メーガン妃の結婚」について語ったこ…

  • 6

    汎用AIが特化型モデルを不要に=サム・アルトマン氏…

  • 7

    エリザベス女王が「誰にも言えなかった」...メーガン…

  • 8

    台湾を威嚇する中国になぜかべったり、国民党は共産…

  • 9

    トランプ&米共和党、「捕まえて殺す」流儀への謎の執…

  • 10

    胸も脚も、こんなに出して大丈夫? サウジアラビアの…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

  • 5

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 6

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 7

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 8

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 9

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 10

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中