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朝鮮半島

トーンダウンした北朝鮮のレトリック

韓国艦沈没事件で「全面戦争」をも辞さないとした北朝鮮だが、直後にその過激な声明を弱めた思惑とは

2010年5月26日(水)11時30分
横田 孝(本誌記者)

臨戦態勢? 実は衝突回避へ「出口」を模索中(5月24日、軍事境界線近くでライフルを点検する韓国軍兵士) Reuters

 韓国海軍の哨戒艦「天安」の沈没原因が北朝鮮の魚雷によるものと断定されて以来、朝鮮半島で緊張が高まっている。

 沈没原因の調査結果が発表された20日当日、北朝鮮の国防委員会はこの内容をデタラメだとし、韓国や国際社会が制裁を加えれば「全面戦争」で応じると息巻いた。韓国の李明博大統領も、南北交易・交流を中断して国連安保理で北朝鮮の責任を問うとし、自国の領海、領空、領土を武力侵犯すれば自衛権を発動すると発表。日米も独自の制裁案を検討しており、マスコミ報道だけを見ると朝鮮半島情勢は一触即発の危機に向かっているように見える。ここで北朝鮮側の意図を読み解くカギになるのが、北朝鮮の政府機関が発表する談話だ。

 実は調査結果が発表された翌日以降、北朝鮮政府は「全面戦争」をも辞さないというレトリックをトーンダウンしている。21日、北朝鮮の対韓窓口の祖国平和統一委員会は現状を「戦争局面とみなす」との声明を発表し、韓国や国際社会が北に「報復」した場合には「無慈悲な懲罰で対応する」とした。

 これだけを読むと北朝鮮の態度に変化はないように見えるが、北が言う「無慈悲な懲罰」とは具体的には何か。同じ声明によると、「南北関係の全面凍結、南北不可侵合意の全面破棄、南北協力事業の全面的な凍結」らしい。

 前日に発表した「全面戦争」とはほど遠い内容だ。また、「戦争局面とみなす」というくだりにはあまり深い意味はないだろう。何しろ、朝鮮戦争で韓国と北朝鮮は停戦合意しか結んでいないため、厳密には両国はこの57年間ずっと戦争状態にあったのだから。ちなみに、この声明は「北朝鮮政府当局を代表して」という前書きがあるため、公式声明の中でも重要度の高いものだ。さらに同日、北朝鮮外務省も声明を発表したが、大部分がアメリカの「敵視政策」を批判している内容で、制裁などに対する具体的な報復措置には触れていない。

 これらを総合すると、調査結果発表当日は国防委員会が強硬な声明を発表して「ガス抜き」をし、その翌日に北朝鮮内の穏健派勢力が政府の総意として攻撃的なレトリックを弱めて事態の収拾を図ろうとしている思惑がみられる。

事件責任者はすでに処分された?

 韓国側も、これ以上事態がエスカレートするのを避けたいところだろう。李明博が24日の声明で「北朝鮮の謝罪と事件関係者を即刻処罰すること」を求めたのも、北朝鮮に「出口」を示したといえる。

 この点について最近、北朝鮮の国防委員会で興味深い人事があった。天安沈没事件で北朝鮮の関与がまだ断定されていなかった5月13日、国防委員会幹部の金鎰喆(キム・イルチョル)が高齢を理由に解任された。しかし、国防委員会の幹部のほとんどが70代、80代と高齢で、金鎰喆だけが更迭されたのは不自然だ。金鎰喆は海軍司令官を務めた人物でもあることから、北朝鮮はこの人事をもって「関係者を処分した」として事態を収束させる地ならしをしているのではないかと、北朝鮮観測筋の間で推測されている。

 残る問題は、北朝鮮人民軍の統制がどれだけ取れているかだ。読売新聞によると、金正日総書記が5月初めに訪中したとき、中国の胡錦濤国家主席に対して自ら「やっていない」と釈明したらしい。韓国政府も、人民武力省偵察総局が攻撃を主導したと見ているようで、金正日の直接的な指示によって魚雷を発射したかはまだ不明だ。

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