最新記事

イラク

キルクーク爆弾テロが映す絶望の未来

都市部からの米軍戦闘部隊の撤収期限を6月30日に控えて爆弾テロが頻発。マリキ政権の治安維持能力に改めて不安の声が上がり始めた

2009年6月25日(木)18時35分
レノックス・サミュエルズ(バグダッド支局)

キルクーク近郊で20日に起きた爆弾テロでは80人もの市民が命を落とした Ako Rasheed-Reuters

 長く続いた戦争とテロのために、イラクの人々は流血事件にはすっかり慣れている。それでも北部キルクーク近郊のタザで20日に起きた自爆テロ事件は人々に大きな衝撃を与えた。

 その背景には、クルド人とアラブ人が支配権を争うキルクークの町が、未来のイラク政治における大きな火種になるのではないかという不安がある。米軍の戦闘部隊が都市部から撤退する期限は6月末に迫っている。

 今回の事件は、イラクの根底に横たわる宗派対立にあらためて光を当てるとともに、米軍の戦闘部隊が撤退した後の治安情勢はどうなるのか、イラク治安部隊は米軍の代役をきちんと果たせるのかといった懸念を浮き彫りにした。

 事件が起きたタザの住民はほとんどがトルクメン人だ。だが、そのすぐ北にあるキルクークは帰属をめぐってクルド人とアラブ人が長年、対立を続けている。事件後、アラブ人はクルド人を、クルド人はアラブ系武装勢力を、イラク政府はアルカイダを犯人だと名指し。イスラム教シーア派とスンニ派も、互いを疑いの目で見ている。

 イラクのヌーリ・マリキ首相とアメリカのクリストファー・ヒル大使、イラク駐留米軍のレイ・オディエルノ司令官は、死者80人、負傷者200人を出したこの自爆テロを厳しく非難した。だが抗議声明を出したところで、イラク国内の各派の不安や疑心暗鬼が消えるわけではない。

政府は強気一点張りだが

「クルド人が支配しない限りキルクークの安全は確保できないとアピールするために、クルド人自治政府がやったのではないか」と言うのはバグダッドの大学生、アリ・サードだ。

「自治政府の上層部をはじめとするクルドの人々から聞いたところでは、事件を起こしたのはアルカイダか近隣諸国の工作員。狙いはアラブ系のナショナリズムを喚起し再び内戦を起こすことだ」と、クルド人自治区で活動するベテラン記者のアソス・クルディは言う。

 一方、バグダッド市内のシーア派地区に暮らすある住民は「米軍に撤退してほしくないスンニ派の仕業ではないか」と主張する。

 ここから見えてくるのは米軍の撤退(11年末までに完全撤退する予定)に伴ってイラク政府が直面する課題の難しさだ。政府は地位協定(08年11月にアメリカとの間で調印)に基づく撤退計画には何の変更もないとの立場を崩さない。

 これまでも政権幹部は機会を捕えては、イラクの治安部隊は十分に米軍の代役を果たせると強調してきた。米軍からは当初、キルクークやモスルといった特に問題の多い都市には例外的に戦闘部隊を残したほうがいいのではとの提案も行なわれたが、イラク政府は耳を貸そうとしなかった。

「すべての米軍(戦闘)部隊は6月30日までに撤収する予定だ。(この日は)イラク史に刻まれることになる」と、イラク政府の広報官アリ・アル・ダッバーグは先週の記者会見で述べた。

 同じ会見でオディエルノ司令官は、イラク側と共同で治安情勢に関する評価を行なった結果、「戦闘部隊は撤退し、訓練生と顧問は状況に応じて残る」という結論が出たとそっけなく語った(彼はかつて、モスルなど数カ所からの撤退に懸念を示していた)。

 もっともすべてのイラク国民が米軍撤退に前向きなわけではない。多くのシーア派市民とスンニ派市民の間では、予想外の世論の逆転現象が起きている。

 サダム・フセイン政権下で権勢を振るったスンニ派は当初、アルカイダと手を組んで米軍に歯向かった。一方のシーア派は、多数派として当然もつべき権力を取り戻せたのは米軍のおかげだと考えた。

 だが最近では多くのスンニ派が、自分たちの少数派としての権利を守るためには米軍のプレゼンスが必要だと考えるようになった。逆にシーア派のなかには、自分たちが完全に権力を掌握するためにアメリカには手を引いてもらいたいと考える人も出てきた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国外相、イラン指導者殺害や体制転換の扇動「容認で

ワールド

OPECプラス8カ国、4月に増産開始で合意 イラン

ワールド

イラン首都照準に2日目攻撃、トランプ氏は反撃に警告

ワールド

プーチン氏、ハメネイ師殺害は道徳規範と国際法に違反
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
2026年3月 3日号(2/25発売)

フィンテックの進化と普及で、金融はもっと高速に、もっとカジュアルに

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 2
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 3
    「若い連中は私を知らない」...大ヒット映画音楽の作曲家が「惨めでもいいじゃないか」と語る理由
  • 4
    「本当にテイラー?」「メイクの力が大きい...」テイ…
  • 5
    【銘柄】「三菱重工業」の株価上昇はどこまで続く...…
  • 6
    米・イスラエルの「イラン攻撃」受け、航空各社が中…
  • 7
    【銘柄】「ファナック」は新時代の主役か...フィジカ…
  • 8
    今度は「グリンダが主人公」...『ウィキッド』後編の…
  • 9
    「高市大勝」に中国人が見せた意外な反応
  • 10
    「何でこんなことするの...」 調子に乗った観光客、…
  • 1
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 2
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 3
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの謎判定に「怒りの鉄拳」、木俣椋真の1980には「ぼやき」も
  • 4
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 5
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 6
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 7
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 8
    中国で今まで発見されたことがないような恐竜の化石…
  • 9
    住宅の4~5割が空き家になる地域も......今後30年で…
  • 10
    「若い連中は私を知らない」...大ヒット映画音楽の作…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中