最新記事

テクノロジー

世界最速スパコンに足りない「部品」

中間所得層の崩壊のせいで、世界一のマシンを使いこなせる人材が足りない!

2012年2月14日(火)13時01分
ダニエル・ライオンズ(テクノロジー担当)

競争力を左右 スパコンはやっぱり「世界一」がいい(ローレンス・リバモア国立研究所、写真は09年) Jacqueline McBride/LLNL

 各国が世界最速のスーパーコンピューター(スパコン)の開発にしのぎを削るなか、アメリカでもローレンス・リバモア国立研究所が今年末の完成を目指して「セコイア」の開発を進めている。オークリッジ国立研究所とイリノイ大学の全米スーパーコンピューティング・アプリケーションズ・センター(NCSA)も、ほぼ同レベルの新型マシンの開発計画を発表。スパコンの世界でアメリカの覇権を取り戻そうという動きだ。

 ただし、重要な「パーツ」が1つ足りない──超高性能のマシンを使いこなせる人材だ。「スパコンが超高速のレーシングカーだとしたら、エンジンを生かせるドライバーがもっと必要だ」と、ノースカロライナ大学のスタン・エイホルトは言う。

 気候変動の予測や航空機の設計、新薬の開発などスパコンはさまざまな分野で使われ、数十万個のマイクロプロセッサを擁するマシンもある。すべての集積回路に「仕事」を振り分けるソフトを書くことは至難の業で、長時間の専門的な教育が必要となる。通常のコンピューターサイエンス学部の教育では到底及ばない。

 専門家によれば、人材不足の特徴は「中間層の空洞化」だ。数億ドルで開発された世界屈指のスパコン数台を動かす専門家は足りている。普通のパソコンやサーバーを管理できる人材も豊富だ。しかし、100万〜1000万ドルの小・中規模の高性能なマシンを使いこなせる頭脳が足りないのだ。

 小・中規模のスパコンを専門とするバージニア工科大学のウー・フォン教授は、「同じ企業の複数の部門から、教え子を欲しいと言われたこともある」と語る。フォンの研究室の大学院生は15人で、その大半はアメリカ以外の出身だ。

 エイホルトによると、かつてはアメリカのスパコンの研究所に世界中から最も優秀な学生が集まり、教育を受けた後もアメリカにとどまった。しかし最近は多くの学生が、教育を受けた後にアメリカを去る。インドや中国などに行けば、より良い機会が待っているからだ。

「スパコンを使って技術と科学の複雑な問題を解決できる新しい世代の科学者とエンジニアが必要だ」と、エイホルトは言う。

企業の競争力を揺るがす

 人材不足を解消する試みとして、高性能のコンピューターを使って優れた製品を設計できるよう中小企業を支援する取り組みが始まっている。NCSAはスパコンを中小企業に使わせ、社内の人材がプログラムを書けるように訓練する計画を持っている。「特殊技能の専門家の小さな集団を超えて、幅広いレベルの人が、この特別な能力を使いこなせるようにしたい」と、NCSAのトム・ダニング所長は言う。

 そうしなければライバルに取り残されかねないと、ノースカロライナ大学のエイホルトは指摘する。例えば高性能のコンピューターが経済上の優位性を生み出すことを理解する中国は、膨大な数の科学者とエンジニアを養成している。

「中国は既に低価格製品市場を制覇している。スパコンの専門性が加われば、高価格製品市場にますます進出するだろう」

 この分野で後れを取れば、競争で優位に立つためにコンピューター処理が必要な分野でも、後れを取りかねない。「ボーイングやゼネラル・エレクトリック、ウェスティングハウス、IBMなど(大規模な雇用主でもある企業)をアメリカは失うかもしれない」と、エイホルトは言う。

 今はまだそのような事態は想像できない。そう言える余裕が続くことを、スパコンの専門家は願うばかりだ。

[2012年1月18日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ロシアの対中ガス輸出、今年は25%増 欧州市場の穴

ビジネス

ECB、必要なら再び行動の用意=スロバキア中銀総裁

ワールド

ロシア、ウクライナ全土掌握の野心否定 米情報機関の

ワールド

ロシア軍幹部が自動車爆弾で死亡、ウクライナ関与疑い
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 7
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 10
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中