最新記事

アメリカ社会

反ウォール街デモを「予見」していた新刊

2011年10月24日(月)18時42分


 アメリカの中流層は、この国の創造と経済の成功を担い、民主主義の礎だった。それが今、大変な速さで消えている。同時に、アメリカン・ドリームの中心にある考え方も消えている。まじめに一生懸命働けば、子どもたちは私たちより幸せになるチャンスをつかめる、私たちが前の世代より幸せになるチャンスを手にしたように......。そんな希望は抱きにくくなった。

 アメリカが危険な道を歩みはじめたことを何より明確に示すのは、中流層の哀れな状況だ。中流層が栄えているかぎり、アメリカが第三世界の国に転落することはない。しかし、いま歩んでいる道は違う。アメリカの中流層を「絶滅危惧種」と呼んでも誇張ではない。


 事態の深刻さを明快で恐ろしい表現に要約したのが、ハーバード大学ロースクール教授で、不良資産救済プログラム(TARP)を監督する議会監視パネルの初代委員長をつとめたエリザベス・ウォーレンだ。

「アメリカ人の5人に1人が失業中か不完全雇用の状態にある。9世帯に1世帯がクレジットカードの最低支払額を払えない。住宅ローンの8分の1が延滞か差し押さえ、アメリカ人の8人に1人が低所得者向けのフードスタンプを支給されている。毎月12万以上の世帯が破産し、金融危機によって5兆ドルもの年金や投資が消えた」


 2010年4月、ゴールドマン・サックスが証券詐欺の疑いで提訴された。それだけで大きなニュースだった。

 しかしこの事件ではるかに重要なのは、金融と政治のエリートが過去30年にアメリカに対してやったことに光が当てられたことだ。彼らは中流層を「窒息」させたのだ。

 勤勉に働き、ルールを守っていれば、ささやかな豊かさと安定を手に入れられる──アメリカ人はそんなアメリカ的な考え方に浸りきっていた。その一方でウォール街は、中流層の持つ富が超富裕層のもとへ流れ込むよう手はずを整えていた。

 中流層は消滅に向かい、経済的・社会的な流動性は大きく減った。こうしてアメリカの民主主義の根幹が揺らぎはじめた。


 こんな状況でありながら、ワシントンに切迫感がないのはなぜか。

 その答えは、ノースイースタン大学労働市場研究センターが行った調査に見つけられそうだ。世帯収入ごとの失業率を算出したもので、驚くべき結果が出ている。2009年の10〜12月期に、年収が15万ドル以上だった層の失業率はわずか3%だった。これが中所得層では9%となり、全米平均に近づく。そして所得が下から10%の層では、失業率が実に31%に達していた。

 もし所得の上位10%の失業率が31%だったとしたら、ワシントンの切迫感は今と変わらないだろうか。もちろんそんなことはない。国家的な非常事態だという意識が高まり、大警報が鳴り響くだろう。

 ところが、いまワシントンがとっているのは「バンドエイド型政策」とでも呼ぶべきものだ。社会の成り立ちそのものまで変える危機が訪れているのに、臆病な応急処置しか施していない。


 カリフォルニア州ランチョコルドバに住むロン・ベドナーとメリー・マッカーニンは仲のいい夫婦だったが、2010年に離婚した。関係が悪化したためではなく、そうしないと生活が成り立たなかったのだ。

 療養生活が続いたために職を失って家計が逼迫し、銀行には300ドルしか残っていなかった。離婚手続きをすることでマッカーニンには、1989年に他界した最初の夫の妻としての年金を受け取る資格が生まれる。「その週、その週、綱渡りの暮らし」と彼女は言う。

 悲しいことに、こうした物語がアメリカには無数にある。これらの物語は語ってほしいと声をあげている。


 カリフォルニア大学バークレー校の教授アナンヤ・ロイは、今のアメリカが抱える混乱は金融危機というよりも「優先順位の危機」だと指摘する。バーニー・フランク下院議員は、イラクとアフガニスタンで使った予算を見れば、「国の経済を立て直し、国民のためにしかるべきことをするために1兆ドルを使えた」と言う。

 正気を取り戻し、ゆがみきった優先順位を正さなくては、アメリカは超大国の座を滑り落ち、第三世界の国になりかねない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指

ビジネス

米マスターカード、1─3月期増収確保 トランプ関税

ワールド

イラン産石油購入者に「二次的制裁」、トランプ氏が警

ワールド

トランプ氏、2日に26年度予算公表=報道
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中