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米外交

ビンラディン殺害が示した英断の価値

オバマは失敗のリスクを知りつつ決断した。これまで及び腰だったリビアにも同じ姿勢で臨むべきだ

2011年5月7日(土)20時11分
ポール・ウォルフォウィッツ(元米国防副長官)

成功の保証はない 作戦当日、ホワイトハウスの緊急司令室で報告を聞くオバマ Pete Souza-The White House-Reuters

 象徴は重要だ。ウサマ・ビンラディンの死は、信奉者たちが期待した象徴とは異なっていた。それは勝利の栄光に包まれてはいなかった。

 国際テロ組織アルカイダを率いるビンラディンを殺すのに時間がかかったのは、アメリカが怠けていたせいではない。だが、彼がここまで生き延びたのはある意味僥倖だった。おかげで彼は、自らの悪魔的な計画が次々と頓挫するのを見ることになった。

 何より、かくも多くのアラブの独裁者が追放の憂き目に遭うのを生前に目の当たりにしなければならなかったのは、重大な正義だった。それもこれらの独裁者は、ビンラディンの信奉者に追放されたのではなく、自由とフェースブックを愛する人々に放逐されたのだ。

 イスラム世界に広がった民主化デモの際立った特徴の一つは、参加者の勇気だ。チュニジアに始まりエジプトに飛び火し、今ではアラブ強硬派をもって成るリビアやシリアで、人々は武力攻撃を仕掛けてくる独裁政権にもひるまず戦う勇気を見せつけている。

 一方、シリアのバシャル・アサド大統領とリビアの最高指導者ムアマル・カダフィ大佐は、非武装の民間人にまで銃を向けたことで、ビンラディンと同じ殺戮者の仲間入りを果たした。

 ビンラディン信奉者の一人は、民主主義の問題は生への愛着と死への恐れを醸成し、聖戦を厭うように人々を変えてしまうことだと書いた。この筆者とビンラディンが理解できなかったのは、世の中には、生きることも愛するが自由はもっと愛しており、そのためなら死ねる人々もいるということだ。

 勇敢なアメリカ人が何世代にも渡って祖国を守ってきたのも、殉教者のような死を求めたからではなく、自由を愛するからこそだ。今デモに参加する多くのアラブ人のなかにも、それと同じ自由に対する渇望が見て取れる。

アラブの自由戦士を支援せよ

 リビアの石油会社幹部で2人の娘の父親であるマフディ・ジウ(48)が、東部のベンガジでガスボンベを満載した車で自爆したとき、彼は無実の人々を殺そうとしたのではない。軍施設の門を爆破し、反カダフィ派を中へ導くためだった。「父は誰もが革命のために戦うべきだと言った」と、娘のズフルは言った。「彼は過激な人ではなかった。政治も好きではなかった。でも何かをする覚悟はできていた。まさかあんなことをするとは思わなかったけど」

 ビンラディンと違い、ジウは英雄として死んだ。リビアのミスラタやシリアのデラアなどデモの拠点都市で戦って死んだ他の多くの人々と同様に。

 アラブ世界の革命がどこまで広がるのかはわからない。だが、勝ち馬を選ぶとすればそれは、ビンラディンのテロ軍団ではなくアラブの自由戦士のほうだろう。

 ビンラディンの攻撃を命じたバラク・オバマ米大統領にも勇気があった。戦闘の勇気とは違うが、リスクのある決断がもたらす結末に責任をもつ勇気だ。作戦は成功したので、オバマは当然のごとく賞賛され政治的にも得点を稼いだ。だがこうした作戦には、とんでもない悲劇に終わってしまう可能性が常につきまとっている。今回我々は皆、オバマの決断の恩恵を受けている。だが責任を負うのはただ一人だ。

 オバマはこれまで、多くのリビア人の命を救えるかもしれない決断を躊躇してきた。米兵が命を落とす危険があるわけでもないのに、なぜなのか理由はわからない。たとえば、ベンガジに反体制派が設立した暫定政府「国民評議会」を認め、軍事的に支援し、カダフィ体制のプロパガンダ放送を止めさせることなどだ。

 いずれの作戦も反体制派の勝利を保証するものではないが、内戦が長引いてより多くの血が流されるのを防ぐことはできる。事態が悪化して結局アメリカが泥沼に引きずり込まれることも回避できる。

 リビアの人々とアラブ世界におけるアメリカの評判のために、オバマが大胆さの価値を学んでくれたことを祈るばかりだ。

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