最新記事

アメリカ政治

共和党的政策に自ら走るオバマの不可解

連邦政府職員の給与凍結や沖合い油田開発を自分から言い出し、共和党との交渉材料をドブに捨ててしまうのはなぜ?

2010年12月17日(金)13時19分
ベン・アドラー(ワシントン)

 オバマ米大統領は共和党に手を差し伸べないと批判されがちだが、実は逆だ。その証拠に11月29日、連邦政府職員の給与の2年間凍結を提案した。ほかにもたびたび共和党寄りの政策を打ち出して、交渉の切り札をふいにしている。

 上院で温暖化対策法案を審議中の今年3月、オバマは一方的に沖合の一部区域での石油掘削を認めると発表。共和党議員はほとんど称賛せず、11月の中間選挙で無党派層もそっぽを向いた。それどころか直後に英石油大手BPの原油流出事故が起き、民主党は窮地に立たされた。

 今回の提案も何のプラスにもならない。6月に共和党議員が同じ提案をした際、民主党議員は批判的だった。政府職員の給与凍結は、インフレになれば実質的に給与が減ることになり、景気回復には逆効果だからだ。

 今は政府は米経済に資金を投入すべきだというのが、専門家の一致した見解だ。ところが、オバマは財政赤字削減という名目で資金を引き揚げようとしている。

 赤字削減といっても10年間でせいぜい600億ドルの見込みで、全国民の上位2%の富裕層に対するブッシュ減税を廃止した場合の10分の1にも満たない。

 多くの民主党議員は政府職員の給与が高過ぎるという前提自体を疑問視している。確かに平均以上の給与を受け取っている職員も多いが、職種と能力に見合う額だ。弁護士、修士号や博士号の取得者など専門家ぞろいで、米経済全体に比べて高校中退の単純労働者は少ない。

 実際には政府職員の給与は民間で同等の仕事をしている人より安い。連邦人事管理局の11年度報告書によれば、平均22・13%下回っていた。「給与凍結で削減できる赤字はわずかで、民間との格差が広がるだけだろう」と、リベラル系シンクタンク経済政策研究所のローレンス・ミシェル所長は言う。

 リベラル派のエコノミストでさえ、すべての政府職員の給与を凍結するのはまずいと指摘する。「給与をもらい過ぎている政府職員がいるのは間違いない。そういう職員の給与を削ればいいじゃないか」と、経済・政策研究センターのディーン・ベーカー共同所長は言う。

沈黙の裏でほくそ笑む共和党議員

 それでも赤字削減を目指すなら、長期的な赤字と債務を削減するための超党派の取引の一環として、この比較的小さな犠牲を受け入れるのが得策だろう。その種の取引には各方面からの犠牲が必要になる。

 だから余計に不可解だ。オバマは自ら設置した超党派の財政責任・改革委員会が財政再建案を発表する2日前に、なぜ切り札をみすみす共和党に渡すようなまねをしたのか。税控除や軍事費削減などと組み合わせて、共和党議員から合意を引き出すこともできたはずだ。

 オバマの思惑とは裏腹に、共和党議員は沈黙したまま。給与凍結を主張していたジョン・ベイナー下院院内総務とエリック・カンター下院副院内総務は、オバマの提案を支持する声明を出さなかった。ミッチ・マコネル上院院内総務は本誌の取材にコメントを避けた。

 今回の提案はワシントン・ポスト紙の記者、エズラ・クラインが言うように「政府職員を守る方便」かもしれない。議会共和党は政府職員を予算削減の標的にする可能性をちらつかせている。先手を打って予算交渉で優位に立つことで、オバマはそうした動きを牽制し得る。

 8月のUSAトゥデーの記事が動機となったのではないかと、保守派のNPOフリーダムワークスの広報担当者は指摘する。「連邦政府職員の給与は民間の2倍」という見出しは、「国民が苦しみ、失業率が10%近くに達している現状では、かなり痛烈だ」。とはいえ政府職員の給与を凍結しても、何の解決にもならないのだが。

[2010年12月15日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:好調スタートの米年末商戦、水面下で消費揺

ワールド

トルコ、ロ・ウにエネインフラの安全確保要請 黒海で

ワールド

マクロン氏、中国主席と会談 地政学・貿易・環境で協

ワールド

トルコ、ロシア産ガス契約を1年延長 対米投資も検討
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 3
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 9
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中