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オバマをアジアで追い詰める「あの男」

中東政策はアジア政策に深くリンクしている。アジアでの影響力を保ちたければ、アメリカはイスラエルに強い姿勢で臨むべきだ

2010年11月15日(月)18時12分
スティーブン・ウォルト(ハーバード大学ケネディ行政大学院教授=国際関係論)

揺ぎない関係? 11月11日にニューヨークでネタニヤフ(右)と会談したクリントンは、イスラエルに対し柔軟姿勢を示した Brendan McDermid-Reuters

 大失敗とまでは言わないが、今回のバラク・オバマ大統領のアジア歴訪が大成功だったと言うわけにもいかない。

 最初に訪れたインドの空気は好意的だった(何しろオバマは、ほぼ相手の望みどおりのことしか言わなかった)。子供時代の数年間を過ごしたゆかりの地インドネシアでは、その経歴とカリスマ性がまだ効力を発揮した。

 しかし、20カ国・地域(G20)首脳会合(金融サミット)出席のために訪れたソウルでは、華々しい活躍ができなかった。おまけに、韓国との2国間の自由貿易協定(FTA)は合意確実と見られていたのに、土壇場で交渉が決裂。オバマは目に見える成果なしに、帰国の途につく羽目になった。

オバマ政権も「イスラエルの代理人」に

 1つはっきりしたのは、経済の状態が悪いと国際舞台で大きな影響力を振るえないという現実だ。アメリカは深刻な不景気に陥っており、しかもアフガニスタンでの戦いなどで莫大な資金的負担に苦しめられている。このような状況では、昔のように国際会議でほかの国々に言うことを聞かせるのは難しい。

 しかも、オバマのアジア歴訪中に、今後のアメリカのアジアにおける地位に影響を及ぼしかねない出来事が別の場所で起きていた。

 11月10日にオバマがインドネシアのジャカルタで演説し、例によって雄弁にアメリカとイスラム世界の関係改善について語る2日前。イスラエル政府が占領地の東エルサレムにユダヤ人住宅を新たに約1300戸建設する計画を明らかにした。東エルサレムは、パレスチナ自治政府が将来のパレスチナ国家の首都と位置付けている都市だ。

 中東和平の推進に有益な動きとはとうてい言えないと、オバマはイスラエル政府を批判。それに対してイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、「エルサレムは入植地ではない。イスラエルの首都である」と言い切った。14日、イスラエル政府はアメリカ政府の提案を受けて、パレスチナ自治区のガザでの入植活動を一時凍結する案を検討する方針を示したが、その凍結対象に東エルサレムは含まれていない。

 注目すべきなのは、11日に訪米したネタニヤフと会談したヒラリー・クリントン米国務長官の発言だ。イスラエルの安全を守るというアメリカの約束は「揺るがない」と言ったのだ。要するに、オバマ政権がアメリカの歴代政権と同様、「イスラエルの代理人」として振る舞う意向を表明したと解釈していい。

このままでは中国を利するだけ?

 この問題は、アメリカのアジアにおける戦略的な立場とどう関係しているのか。

 東南アジアの海上交通ルートの確保を考えれば、インドネシアはアメリカにとって重要な存在になるかもしれない。穏健なイスラム教国という点でも、インドネシアは貴重な国だ。しかしパレスチナ問題に関するオバマ政権の姿勢は、インドネシアのイスラム教徒の反感を買う。そうなればインドネシア政府は、あまり堂々とアメリカ政府と親しくするわけにいかなくなる。

 しかも新米安全保障研究センターのロバート・キャプラン上級研究員がニューヨーク・タイムズ紙への寄稿で指摘しているように、「西洋とイスラムの緊張関係に付け込んで、中国は(インドネシアに対する)アメリカの影響力を制限しようとしている」。

 要するに、アメリカ政府が議会の親イスラエル派の議員に押されて、イスラエルに圧力を掛けることを避ければ、アメリカがアジアで立場を強化する妨げになる。アメリカの将来の安全と繁栄にとって、アジアはイスラエルよりはるかに重要な地域のはずなのだが。

Reprinted with permission from Stephen M Walt's blog, 15/11/2010. © 2010 by The Washington Post Company.

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