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老人の記憶力は若者と差がない! 「加齢とともに忘れやすくなる」と言われる理由とは

2022年9月4日(日)11時50分
和田秀樹(精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授) *PRESIDENT Onlineからの転載

人に教えることによって記憶の定着が格段に進む

実際、中学校や高校には、「模擬授業」を行っている学校があります。生徒のひとりが教師役となり、他の生徒に対して授業を行うという授業方法です。この方法は、教わる側ではなく、教える側の生徒にとって、ひじょうに効果的な学習法です。

「教える」側に回ると、ただ授業を受けているときよりも、理解や記憶の定着が格段に進むからです。人に教えるためには、深く理解し、細かな点まで記憶しなければなりません。そのため、人に教えなければならないと思うと、目的意識を一段と高めて、重要ポイントを頭の中で整理することになります。

人に教えるという目的があると、集中力も高まります。加えて、人に話し、質問に答えることが自然と反復学習となって、より深く記憶に残ることになります。というわけで、いちいち教壇に立つ必要はありませんが、老後は、覚えたこと、見知ったこと、読んだことをどんどん人に話すといいでしょう。家族や友人知人、相手は誰だってOKです。人に教えれば教えるほど、理解が進み、記憶の定着もよくなるはずです。

記憶力が落ちていく3つのケース

とはいえ、年齢を重ねると、認知症にかからなくても、記憶力が落ちていくことはあります。それは、おおむね、次の3通りのケースです。

ひとつめは、自分で「記憶力が落ちた」と決めつけ、記憶する意欲をなくした場合です。前述したように、若い頃は誰しもそれなりに記憶しようと努力するものです。ところが、中高年になると、大半の人はそうした努力をしなくなってしまう。それなのに、「昔は簡単に記憶できた」ような"美しい錯覚"に陥り、「記憶力が落ちた」と慨嘆する。

そうした「マイナスの自己暗示」は、百害あって一利なし、です。それは、年配者に限った現象ではなく、たとえば20代の若い人でも、「高校生時代と比べると、記憶力が落ちた」といったマイナス暗示をかけると、記憶力は落ちていきます。

記憶力が落ちるふたつめの原因は、強すぎるストレスです。PTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉を、耳にしたことがあると思います。

強度のストレスにより、海馬などに異常が現れる障害で、もとはベトナム戦争や湾岸戦争の帰還兵に多く見られた症状でした。戦場での恐怖や死に対する極度のストレスにより、妄想や幻覚にも悩まされ、復員後も普通の生活が送れなくなる元兵士が続出したのです。そして、彼らの脳内をMRIという機械で調べたところ、海馬がかなり萎縮していることがわかりました。幼児期に虐待を受けた人も、同様の症状が起きることがわかっています。

定年退職後は人生最大級のストレスにさらされる時期

なぜ、強すぎるストレスは、脳に悪影響を与えるのでしょうか? ストレスにさらされると、副腎皮質(腎臓の近くにある内分泌器官)から「コルチゾン」という物質が分泌されます。

コルチゾンは、脳内のさまざまな部位に悪影響を与えるのですが、その攻撃を真っ先に受けるのが、海馬なのです。海馬の神経細胞が損傷すると、人は新しい情報を受け入れられなくなってしまいます。これは、「昔の苦しい体験を思い出したくない」「悲しいことは忘れたい」という脳の自己防衛的な働きでもあります。

逆にいうと、脳を活性化させ、記憶力をよくするには、まずは落ちついた精神状態を保てる環境づくりが必要なのです。「定年退職して、今はストレスとは無縁」という人もいるかもしれませんが、じつは老後は、人生最大級のストレスにさらされる時期です。その原因は、配偶者の死、自らの病気、失業などです。

とりわけ、私は、最愛の妻を亡くした高齢男性が一気にボケてしまうケースを多数見てきました。人生最大級のストレスによって、海馬が傷つくことが原因というケースが多かったのだとみています。

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