最新記事

禁断の医療

違法の「幻覚キノコ」が不安・鬱を和らげる──米で研究

2018年2月28日(水)16時05分
ダグラス・メイン

研究室に厳重に保管されている合成シロシビン PAUL TAGGARTーBLOOMBERG/GETTY IMAGES

<マジックマッシュルームに含まれる幻覚成分シロシビンが癌患者の心を救うとの研究が相次ぎ、「違法薬物」の効能に再び光が当てられている>

ダイナ・ベイザーは2010年に卵巣癌と診断された。手術と化学療法を受けて寛解したが、何カ月かすると再発を恐れるようになった。診断から2年後、不安は頂点に達した。「恐怖が私を生きたまま貪り食おうとしているようだった」と、彼女は言う。

そんなときニューヨーク大学の研究チームが実施している臨床試験の話を聞き付けた。マジックマッシュルームとして知られる向精神作用のあるシビレタケ属のキノコ。その有効成分であるシロシビンを、不安や抑鬱状態に苦しむ癌患者に投与するというのだ。

ベイザーは詳細な検査を受けて臨床試験に参加できることになり、かなりの量のシロシビンを投与された。

薬が効いてきたなと思った直後、大海に放り出されたような感覚を覚えて怖くなった。医療スタッフの1人が手を握ってくれ、その手にしがみついているうちに自分の恐怖の正体が見えてきた。あばら骨の下に潜む黒い塊。これが自分を貪る恐怖の正体だ。彼女は怒りに駆られて大声で叫んだ。

ふと気付くと、黒い塊は消えていた。「まるで蒸発したようだった」。次の瞬間、体ごと別の場所に連れ去られる感覚があり、深い安らぎを感じた。「私は無宗教だけど、神の愛に包まれるという表現が一番しっくり来る」と、ベイザーは話す。

以来、不安にさいなまれなくなり、日々の暮らしを楽しめるようになった。シロシビンが「全てを変えた」と、彼女は断言する。

臨床試験を率いたニューヨーク大学ランゴン医療センターの精神科医スティーブン・ロスは当初、被験者からこうした話を聞いても、にわかには信じられなかったと言う。「20例、30例と目にするうちに『これはすごい』と思うようになった。効果は本物だ」

不用意な使用は危険を伴う

ロスらの論文は16年11月に英学術誌ジャーナル・オブ・サイコファーマコロジーに掲載されたが、同じ号にジョンズ・ホプキンズ大学の研究チームの論文も掲載された。ロスらの試験に参加した患者は29人、ジョンズ・ホプキンズ大チームの被験者は51人。いずれも同様の手順で臨床試験を行い、同様の結果を得られた。2つの論文ではシロシビン投与後、6〜8割の患者の不安や抑鬱状態が改善され、その効果は半年以上続いた。ベイザーのように恒久的な効果が認められた症例もあった。

今後、多数の患者で安全性と有効性を調べる第Ⅲ相の臨床試験が行われ、米食品医薬品局(FDA)の審査に通れば、麻薬取締局(DEA)がシロシビンの分類を見直す可能性もある。

終末期の癌の場合、シロシビンは死を受け入れ、苦痛を緩和する効果があると、ジョンズ・ホプキンズ大チームを率いたローランド・グリフィスは言う。「もちろん死を歓迎する気にはなれないが、それほど恐れなくなる」

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の精神科医チャールズ・グロブは、12人の癌患者にシロシビンを投与。同様の結果を得て、11年に発表している。グロブも1回の投与でこれほど長く不安解消の効果が続く薬はほかにはないと指摘する。

180306cover-150.jpg<ニューズウィーク日本版2月27日発売号(2018年3月6日号)は「禁断の医療」特集。頭部移植から人体冷凍まで、医学の常識を破る試みは老化や難病克服の突破口になるのか。それとも「悪魔との取引」なのか。この記事は特集より>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、米株高の流れ引き継ぐ

ビジネス

11月企業向けサービス価格、前年比2.7%上昇 前

ビジネス

金現物、1オンス=4500ドルを初めて突破

ワールド

ベネズエラが原油を洋上保管、米圧力で輸出支障 タン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中