最新記事
BOOKS

早稲田の卒業生はなぜ母校が「難関校」になることを拒否したのか?...「アンチ東大」の思想と歴史

2025年1月2日(木)08時30分
尾原宏之(甲南大学法学部教授)
早稲田大学・大隈講堂

yu_photo-shutterstock

<過去の簡単な入試を誇らしげに語り、その復活を強く要求する者さえいた...。無試験入学こそが「正しき道」。「反・東大」としての私学について>

国家のエリート養成機関として設立された最高学府「東大」の一極集中に対し、反旗を翻した教育者・思想家がいた...。

彼らが掲げた「反・東大」の論理とは何か?話題書『「反・東大」の思想史』(新潮選書)の第2章 「『民衆』の中へ......レジャーとモラトリアムの早稲田大学」より一部抜粋。


 
◇ ◇ ◇

難関校化を拒否する卒業生

在校生は社会の視線を過剰に意識して気に病むことも多いだろうが、卒業生は逆に入学の安易さを早稲田エピソードとして好んで語ることも多かった。

脚本家の野田高梧は1917年に英文学科を卒業し、のちに『東京物語』をはじめとする小津安二郎監督作品の共作者となる。野田は片上伸教授との入学口頭試問の様子を次のように回想する。


「君はどういふ理由でこの学校の文科を選んだんです」
入学の時の片上伸先生の口頭試問である。
「この学校の文科がいいと思つたからです」
「いいといふのは?」
「悪くないからです」
「なるほど」
これで入学が出来たのだから、僕などは良い御時世に生れたものだといふべきだらう。

(「あのころの早稲田風俗」『早稲田学報』1951年7月号)

戦後、早稲田大学の入学難度は飛躍的に高まるが、戦前の卒業生は母校が難関大学になることを必ずしも喜ばなかった。それどころか、過去の簡単な入試を誇らしげに語り、その復活を強く要求する者さえいた。

彼らは、希望者はなるべく全員入学させ、その後ふるいにかければよい、と考えた。1950年頃の早稲田大学校友会機関誌『早稲田学報』に掲載された卒業生の声には、次のようなものがある。


「僕らのときも早稲田は入学試験はあれどなきが如しです。その代り予科から本科へ行つてみると、四割位落つこちて顔触れがひどく変つている」(小汀利得(おばまとしえ)・日本経済新聞社顧問)

「地方の学校を出て直ぐ早稲田を志願する者には試験問題を別にする。特に語学については平易な問題を課する。その代り入学後は特別に勉強させる」(中山均・日本銀行政策委員)

「ワセダの校風はもっとおおらかであったはずである。もっと暴れて、もっと伸びて欲しい。それには色々と対策もあろうが、ひとつ武蔵野の奥深くにでも、新しいワセダ街でも創ったらどうだろう。校舎もうんと殖やしてもっと多くの学生を収容することだ」(後藤基治・元毎日新聞東京本社社会部長)

「入学試験なども点数だけで決定するのは早計だと思う。校友が推薦してくるものは、とらなければ駄目だ......関西方面に分校をつくることも必要となつてくるのではないか」(降旗徳彌・元逓信大臣)

これらの「おおらか」な入試復活の提言は、卒業生の子弟を無試験で受け入れよ、という要求に連なってくる。

純印度式カリーで知られる新宿中村屋社長の相馬安雄は、次のような要求を大学当局に対して突きつけた。

SDGs
2100年には「寿司」がなくなる?...斎藤佑樹×佐座槙苗と学ぶ「サステナビリティ」 スポーツ界にも危機が迫る!?
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

スズキ、4ー9月期純利益11%減 半導体問題で通期

ビジネス

日産、横浜本社ビルを970億円で売却 リースバック

ビジネス

ドイツ鉱工業生産、9月は前月比+1.3% 予想を大

ビジネス

衣料通販ザランド、第3四半期の流通総額増加 独サッ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイロットが撮影した「幻想的な光景」がSNSで話題に
  • 4
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 5
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 6
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇…
  • 7
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 8
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中