最新記事

宗教

「ねえ、ラブホいかへん?」 家出少女に声をかけられた牧師は彼女をどうしたか

2023年2月3日(金)12時00分
沼田和也(牧師) *PRESIDENT Onlineからの転載

雑踏の中へ逃げていった少女

夜行バスの時間は迫っていた。呼ぶべき同僚を誤ったのか? いや、彼が言うことももっともだ。彼女が大人だったら、彼も教会に宿泊させることに同意したかもしれない。だが中学生である。ここは近代以前のキリスト教世界ではない。牧師の独断で未成年を、誰にも告げず教会に泊めることなどできない。やはり最初から警察を呼ぶべきだったのか?(緊急時に24時間体制で対応する児童相談所の窓口があることを、当時のわたしたちは知らなかった)

そのあいだも彼女は少しずつ後ずさりを続けた。やがて、わたしたちが追いかけても逃げきれるほどに遠ざかると、彼女は繁華街の雑踏へとあっという間に姿を消した。バスは到着し、同僚に見送られながら、わたしはステップに足をかけた。

いったいどうすればよかったのか

なにもできなかった――夜行バスに揺られながらシートの背もたれを倒し、わたしは目をつむる。まぶたのうらに彼女の、幼さの残る屈託のない笑顔が浮かぶ。同時にわたしを突き刺すように見る、あの二つの野生の眼が。弾むように話す声と、息を殺す沈黙。わたしの膝の上で安心して眠るまぶたと、警戒に光りつつ後ずさる細い眼。

「なにもできないくせに、なぜ、わたしにやさしくした?」
「うらぎり、ぜつぼうさせるために、わたしをしんらいさせ、きぼうをもたせたのか?」

わたしは彼女の教会を壊してしまった

彼女は幼い頃教会に通ったと言っていた、心から懐かしそうに。今は大嫌いになった親に、連れられて通ったのだろう。だが、少なくともその思い出を、彼女は楽しそうに語ったのだ。彼女にとって記憶のなかの教会は楽しく、なにより安心できる場所だったのである。だからわたしが牧師だと分かったとたん、彼女はわたしを客の男ではなく、頼れる大人として安心し信頼した。彼女はわたしに、思い出の教会を見たのだ。

わたしの膝の上で寝ていた彼女は中学生ではなく、まだ教会に通っていた頃の、幼い女の子だったのだ。親を憎み、家での居場所を失い、男性客を求めて夜の街をさまようようになる前の、あの幼い頃に通った教会を、彼女はわたしの膝に感じていたのだ。

だがわたしは、そんな彼女にとっての教会を破壊した。牧師と牧師が彼女を押しつけあう醜態をさらしたのである。それだけはやってはいけないことだった。彼女が野生の眼を光らせたとき、教会も彼女の居場所ではなくなった。彼女は今後二度と教会には近寄らないだろう。彼女は二度と牧師を信用しないだろう。

別の答えを探し続けて

責任もとれないのに、わたしはその場だけのいい格好をしようとした。そして責任の所在という重い問題が頭をもたげるや、保身に走ろうとした。それでも、わたしはずるずると考え続けている。「責任をとれないことはやらない」でいいのだろうかと、往生際の悪い悩みを悩み続けている。もう答えは出たではないか。無責任の結果がこのざまである。

それにもかかわらず、わたしは未だに別の答えを探し続けているのだ。彼女を拒絶することは、「責任をとれないことはやらない」という意味では正しい。ただし、「責任をとれないことはやらない」という意味で"のみ"正しい。言っておくが、わたしはあの少女とかかわりを持ったことを正当化したいのではない。わたしが彼女と出遭ってしまったとき、そこには、後先を考えずに応答せずにはおれないなにかがあった。決してうまくやり過ごしてはならない、かかわりの意志へとわたしを衝き動かすなにかが存在したのである。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

シャープ、26年3月期以降に特損149億円 亀山工

ワールド

中国、国防産業監督機関の元幹部を汚職で起訴

ワールド

「台湾独立」勢力は断固取り締まるべき、中国共産党幹

ビジネス

英バークレイズ、25年は12%増益、新たな業績目標
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 2
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...周囲を気にしない「迷惑行為」が撮影される
  • 3
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トランプには追い風
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 6
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 7
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 8
    変わる「JBIC」...2つの「欧州ファンド」で、日本の…
  • 9
    衆院選で吹き荒れた「サナエ旋風」を海外有識者たち…
  • 10
    「二度と見せるな」と大炎上...女性の「密着レギンス…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 5
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 6
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 7
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 8
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 9
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 10
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 7
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 8
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 10
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中