最新記事

ヘルス

「アルツハイマーになりたくなければフロスせよ」 北欧の学者がそう説くワケは?

2023年1月26日(木)17時25分
ニクラス・ブレンボー(分子生物学者) *PRESIDENT Onlineからの転載
デンタルフロスを使う女性

デンタルフロスを使っているとアルツハイマーの予防効果があるかも…… FangXiaNuo - iStockphoto


アルツハイマー型認知症の発症を避けるにはどうすればいいのか。分子生物学者のニクラス・ブレンボー氏は「アルツハイマー病の治療法は確立されていないが、発症には微生物の関与が疑われている。このためデンタルフロスを使っていると、予防効果があるかもしれない」という――。

※本稿は、ニクラス・ブレンボー『寿命ハック』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

脳細胞が死滅し記憶が消えていくアルツハイマー病

アルツハイマー病は高齢者に降りかかる最悪の不運の一つだ。この神経変性疾患に侵されると生涯の記憶がゆっくりと消えてゆき、やがて愛する人々のことさえ思い出せなくなる。長く生きた末に迎えるきわめて残酷な終焉(しゅうえん)である。

この病気の特徴は脳にタンパク質のプラークが現れることだ。このプラークはアミロイドβと呼ばれるペプチド(鎖状につながったアミノ酸)が凝集し、小さな塊になったものだ。この塊ができる理由はわからないが、これが脳内で炎症を引き起こし、やがて脳細胞を死滅させる。

そうであれば解決策は明らかだ。この塊を除去するか、そもそも塊ができないようにすればよいのだ。だが、それは言うほど簡単なことではない。なぜなら脳は血液脳関門で守られているからだ。先に述べたように、このため脳の薬の開発はきわめて難しい。

アルツハイマー病の治療薬はアミロイドβの塊を除去する以前に、まず脳内に入らなければならず、それにはベルリンの壁の生物学版を突破する必要があるのだ。

現時点で治療法は確立されていない

このような困難にもかかわらず、製薬会社は脳内でアミロイドβの塊が形成されるのを防ぐ薬をすでに開発した。塊を除去する薬さえできている。

だが残念ながら、それらは役に立っていない。実のところ、役に立つものは一つもない。アルツハイマー病との闘いには莫大(ばくだい)な資金が注ぎ込まれ、大勢のきわめて有能な科学者たちが研究人生を捧げ、何百もの薬が臨床試験で試されてきた。しかし、膨大な努力にもかかわらず成果は出ていない。有望とされた新薬はことごとく失敗に終わった。治療薬はない。自然寛解の見込みもない。わたしたちにできるのは発病を少しでも遅らせることくらいだ。

アミロイドβの量が増えるとアルツハイマー病になる

何か見落としているのだろうか。おそらく、アルツハイマー病の基本的な真実をまだ理解できていないのだ。そうでなければ、あらゆる試みが失敗したりするだろうか。この病が、他の事実上すべての病気と違って、人間に特有の病気であることも研究の妨げになっている。例えば、マウスはガンにはよくなるが、アルツハイマー病にはならない。

この病を研究する科学者たちは、アルツハイマー病に似た症状を持つマウスを人工的に作り出さなければならなかった。そして、その治療を通じて得た知識を人間に生かそうとしている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されずに「信頼できない人」を見抜く方法
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中