最新記事

ライフスタイル

伊サルデーニャ島に100歳人が多い理由 島の羊飼いが70年続けている習慣、食生活とは?

2022年12月14日(水)17時15分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

それから一週間後、私はやっと屋外でトニーノを探し当てた。彼は自宅裏手の小屋で牛を屠殺したところで、両手を肱のところまで突っ込んでいた。背が高く、胸板も厚い。彼はまだ暖かい肉塊から拳を引き抜き、血だらけの湿った手で、私の手を万力で締め付けるように力強く握った。

そして「おはよう」とだけ言うと、また両手を肉塊に突っ込み、ぬるぬると光る何メートルもの長い腸を引っぱり出した。冷えびえとした一一月の朝、九時四五分だった。

トニーノは午前四時に起き出し、羊を野外に連れ出し、木を切り倒し、オリーブ畑で枝木のトリミングをすませ、牛に餌をやり、この一歳半の子牛を解体している。内臓を取り出し終えた残りの皮は、羽根を広げたような形で横木に掛けられた。家族の面々も、周りに集まっている。

子牛を間引いて一家の食肉をまかなうこの儀式を終えて、みながジョークを言い合う。このような屠殺は、晩秋に行なわれる。気温が下がり、ウジムシの卵を植えつけるハエが減り、肉も保存もしやすくなるからだ。食肉はふた家族が冬の間に食べるのに十分であるばかりでなく、何人もの友人たちにビーフパックをプレゼントできる。

トニーノによると、このような屠殺は市街地では違法だ。だがこの大男は、サルデーニャの伝統的なルールにしたがってこの慣習を続けている。では、警察がトニーノを捕らえたらどうするか、と私は尋ねた。

「罰金を払うさ」とトニーノは声をひそめて言い、空洞になった死骸に目をやり、鋭いナイフで肉を削り取りながら、言い足した。

「あるいは、肉の塊をあげればいい」

しばらく経ってから、私は天井の低いキッチンに招じ入れられた。トニーノの妻ジョヴァンナはどっしりした体格で、目玉がよく動いて、知的な感じを与える。テーブルにすわった彼女は、私たちにワインをすすめてくれた(とても、断れる雰囲気ではなかった)。屠殺小屋を取り仕切っているのはトニーノだが、家を切り回しているのは奥さんのジョヴァンナだ。私がトニーノに質問すると、彼女から答えが返ってくる。奥さんは、太い腕を組んで、こう言う。

「トニーノは、仕事をするために生まれてきたような人ですよ。朝は早くから夜も遅くまで、働き詰めです。見てごらんなさい。また屠殺小屋に戻りたくて、ウズウズしてますよ」

なるほど、彼はテーブルを指で叩いてイラついている。でも奥さんが指摘したので、トニーノは申しわけなさそうに目を伏せた。

「その間、わたしは家のこと、子どもたちのこと、家計のことなんかをやってます。おカネが、なくなっちまわないようにね」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:高級品業界が頼る中東富裕層、地政学リスク

ワールド

トランプ氏、イラン制裁解除計画を撤回 必要なら再爆

ワールド

トランプ氏、金利1%に引き下げ希望 「パウエル議長

ワールド

トランプ氏「北朝鮮問題は解決可能」、金正恩氏と良好
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 3
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急所」とは
  • 4
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 5
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 6
    富裕層が「流出する国」、中国を抜いた1位は...「金…
  • 7
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事…
  • 8
    伊藤博文を暗殺した安重根が主人公の『ハルビン』は…
  • 9
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 10
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 4
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 5
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 8
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 9
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 10
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中