「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Diaries』論争に欠けている「本当の問題」

DOCUMENTARY FILMMAKERS ARE RUTHLESS

2025年3月3日(月)14時31分
森 達也(映画監督、作家)

米映画賞のガラでの伊藤詩織監督

今年1月の米映画賞のガラでの伊藤 ANTHONY BEHARーSIPA USAーREUTERS

ジャーナリズムとドキュメンタリーのいいとこ取りはできない。どちらかなのだ。ドキュメンタリーを作りながら、公益性や社会正義の実現など耳触りのいい言葉に逃げるべきではない。

モザイクには意味がない

批判する側も浅い。映画を告発した旧弁護団も含めて彼らの多くは、タクシー運転手や捜査員の顔にモザイクをかけろとか声を変えるべきなどと主張するが(実際にその方向で修正するようだ)、ここにも根本的な錯誤がある。


被写体となった彼らが自らを隠したいとする対象は将来的にこの映画を観る不特定多数の人たちではなく、自分が所属する会社や組織の同僚たち、家族や縁者、あるいは実家のご近所の人たちなのだ。そして知り合いならば、モザイク処理や声を変えたとしても、これは彼だと察することができる。

つまり(この作品に限らず)そもそも今のメディア全般において、モザイクは情報提供者を守るという本来の機能を果たしていない。メディア側のエクスキューズなのだ。はっきり言えば、意味がない。

ならばドキュメンタリストとしての選択肢は2つ。今のまま加工せずに使うか、一切を封印してナレーションなどの情報のみにするか。

「曖昧なグレーゾーン」が重要

もちろん後者の判断を取るならば、作品のポテンシャルは大きく低下する。それに耐えられるのか。耐えられなくて自己のエゴを優先するのか。それが問われているのだ。

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