「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Diaries』論争に欠けている「本当の問題」

DOCUMENTARY FILMMAKERS ARE RUTHLESS

2025年3月3日(月)14時31分
森 達也(映画監督、作家)

ただし仕事を終えて飲酒して際どい言葉を口走る彼の音声は、(少なくともこの瞬間には)公務からは逸脱しているし、ジャーナリズムとしては全く不要な要素だ。

でもドキュメンタリーならば、結果として作品のテーマに沿ってしまった彼のこの言葉を、使いたくなる気持ちは分かる。僕もきっと使うはずだ。


捜査情報を漏洩した彼が、組織や家庭で居場所を失う可能性は高い。既に失っているかもしれない。その責任は取れるのか。取れるはずがない。

だからこそドキュメンタリストは人を傷つける覚悟をしなくてはならない。責任を取れない覚悟をしなくてはならない。後ろめたさや負い目を持ち続けなくてはならない。「人としてどうか」「まともな神経じゃない」などの批判や罵倒も覚悟しなくてはならない。

補足するが、これは僕の定義であり流儀だ。ドキュメンタリストが100人いれば手法は100通りある。だって規範やルールはないのだ。でも絶対に譲れない一線がある。自分のエゴを常に最優先して、社会規範や組織のルール、誰かの良識などに従属しないことだ。

自らをジャーナリストと伊藤詩織監督が名乗ることは自由だ。でも名乗るならばジャーナリズムの原則やルールを守るべきだ。情報提供者は徹底して守る。加害は最小限にする。客観性と公益性を優先して、社会正義の実現を何よりも重視する。それが大前提になる。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

北朝鮮が東方に弾道ミサイル発射、5月以来 韓国軍発

ビジネス

英経済、ブレグジットと緊縮財政で予想以上の打撃=財

ビジネス

9月貿易収支は2346億円の赤字=財務省(ロイター

ビジネス

アングル:国際マネーが日本に再流入、高市政権への期
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない「パイオニア精神」
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 8
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 9
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 10
    増える熟年離婚、「浮気や金銭トラブルが原因」では…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中