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政治分断

欧州で数が大幅に回復したオオカミ...その扱いについて聞けば、政治スタンスが分かる?

The Big Bad Wolf Is Back

2025年10月22日(水)17時15分
クリスティアン・コンスホイ、トロールス・フェージ・ヘデゴー(共にデンマークのオールボー大学准教授)
ヨーロッパオオカミ

ヨーロッパオオカミの個体数が奇跡的に増え、保護VS駆除の議論が勃発 MARTIN MECNAROWSKI/SHUTTERSTOCK

<ほぼ絶滅していたと考えられていたオオカミが過去10年で激増。オオカミによる襲撃事件も起こる中、保護すべきか駆除すべきかという議論が起こっている>

何百年もの間ヨーロッパでほぼ絶滅状態にあったオオカミが驚異的な復活を果たしている。この10年で個体数は60%近く増加。2022年に大陸各地で記録された数は合計2万1500頭を上回る。

【動画】オオカミ駆除要件を緩和したEU

ドイツ、イタリア、ポーランド、スペイン、ルーマニアにはそれぞれ1000頭以上生息しているとみられている。生態系の回復という意味では、これは稀有なサクセスストーリーだろう。


筆者らが住むデンマークでは、個体数の回復は限定的だ。この国の森林からオオカミが完全に姿を消したのは1813年。2012年に1頭の雄がユトランド半島の根元のドイツ領から国境を越えてデンマークに侵入し、その後に仲間が続いて17年には繁殖可能な群れの存在が確認された。

現在ではデンマークにも推定40頭強が生息し、繁殖に成功したことが確認されているつがいが少なくとも7組いる。

生息数は少ないとはいえ、デンマークは国土面積に占める農地の割合でいえばヨーロッパでも有数の農業国だ。家畜と人に及ぼす被害が懸念され、既に激しい議論が巻き起こっている。そしてオオカミをめぐる議論にも、この国を揺さぶる政治的な分断が影を落としている。

EUは最近、オオカミの保護基準を「厳重保護」から「保護」に引き下げた。これにより加盟国は地域の事情に応じて駆除を許可できることになった。

デンマーク政府は今春、何度も市街地に出没するか、囲いに入っている家畜を襲った「問題オオカミ」の射殺を認めると発表。9月に家畜襲撃の「常習犯」とされる一頭の銃猟処分を初めて許可した。

若い世代は保護を支持

スウェーデンは既にハンターに対するクオータ(割り当て)制で一定数のオオカミの駆除を認めているが、デンマークもこの方式を採用するのではないかと、保護活動家は気をもんでいる。

筆者らは今夏、この問題に対する世論の動向を探ろうと、英世論調査機関ユーガブの気候と環境に関する調査にオオカミについての質問を加えた。「繁殖可能なオオカミの群れはデンマークの自然にとって有益だ」という主張に賛同するか否かを問うものだ。

回答者2172人中、反対が43%、賛成が30%、残りは「どちらでもない」と「分からない」だった。この結果を政治的立場と突き合わせると、明らかなパターンが浮かび上がった。

オオカミの増加を最も歓迎しているのは左派や環境保護政党の支持者で、45%近くが主張に賛成した。右寄りの人ははるかに懐疑的で、新右派政党の支持者に至っては断固反対という回答が50%近くを占めた。中道左派とみられている社会民主党の支持者も反対に傾く人が多く、政治的な立場の違いが反映されていることを印象付けた。

一方で居住地による違いはさほど明確ではなく、都市住民はオオカミに寛容で、農村部に住んでいる人たちは害獣扱いするといった傾向は認められなかった。

半面、年齢による違いははっきり出た。18〜34歳の若年層では主張に賛同する人が50%以上を占めたが、年齢が上がるにつれこの割合は減り、55歳以上では過半数、73歳以上では60%が断固反対だった。筆者らは過去10年余り、さまざまな政治的争点をめぐる世論の動向を調べてきたが、年齢による差異がこれほど明確に出たことはない。

対立の根底に認識の差

保護活動家はオオカミを「キーストーン種(個体数が生態系に及ぼす影響が大きい種)」と呼ぶ。シカなどの草食動物を捕食してくれるおかげで、森林や草原が守られるからだ。アメリカのイエローストーン国立公園では、オオカミが再導入されて、何十年かぶりにヤマナラシやヤナギの木々が息を吹き返した。

だがデンマークはイエローストーンとは事情が異なる。この国の農村部は農場と住宅地、高速道路と小規模の自然保護区のパッチワークのようなもの。オオカミが「自然のバランス」を回復してくれるかは不確かで、その不確実性が世論にも反映されている。

農家は家畜が襲われることを警戒しているが、一般の人も子供やペットが襲われると不安を抱いている。統計的にはオオカミが人を襲った事例は極めてまれだが、この手の問題では数字よりもイメージが独り歩きしがちだ。

オランダでは今年に入って6歳の子供がオオカミに襲われた。デンマークでも今夏、2人の少年が近くをうろつくオオカミに怯えて木の上に逃れ、何時間も降りられなくなる「事件」がメディアを騒がせた。だがその後にオオカミの正体は大型のネコと判明。集団パニックの広がりの速さを痛感させた一件だった。

筆者らの調査が示すように、オオカミに対する恐怖感の背景にあるのはただの民間伝承ではない。価値観や文化的アイデンティティーに深く根差した人々の政治的な姿勢がそこに反映されている。

オオカミをめぐる議論は野生動物の保護に関する議論にとどまらない。社会的な視点も絡み、居住地よりも政治的信念や世代によって保護か駆除かの立場が変わってくる。

野生動物の個体数を回復させつつ、安全な共生を保障し人々の理解を取り付けること。政策立案者や保護活動家がこの困難な課題に取り組むには、対立の根底にある認識の違いを知ることが不可欠だ。

The Conversation

The Conversation

Kristian Kongshøj, Associate Professor of Political Science, Aalborg University and Troels Fage Hedegaard, Associate Professor, Centre for Comparative Welfare Studies Green Societies, Aalborg University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


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