最新記事
映画

雪山に墜落し、死者の遺体を食べて生き延びた人々...凄惨な実話を描いた『雪山の絆』の独創的な「ひねり」

Horrors of Survival

2024年2月9日(金)19時45分
サム・アダムズ(スレート誌映画担当)
映画『雪山の絆』

ラグビーの遠征チームを乗せたチャーター機がアンデス山中に墜落。極寒の世界で生き延びた16人が72日後に救出された NETFLIXーSLATE

<墜落事故後に仲間の遺体を食べて生還した男たちの実話に新たなひねりを加えた『雪山の絆』>

出てくる人間が次々に死ぬと分かっている映画を見るのは、何とも奇妙な感覚だ。

フアン・アントニオ・バヨナ監督の新作『雪山の絆』(ネットフリックスで配信中)は1972年にウルグアイの空軍機571便がアンデス山中に墜落した遭難事故を描いた映画だ。実際に起きたこの事故の生存者の名前をすぐに思い出せる人は多くないだろうが、この事故が世間を騒がせた理由はよく知られている。

生還者たちは死者の遺体を食べて生き延びたのだ(同じ事故を扱った93年の映画『生きてこそ』もこの問題をテーマにしている)。

冒頭で観客に紹介される主要人物の多くは、ウルグアイの首都モンテビデオのラグビーチームのメンバーだ。彼らの顔触れを見ながら、観客は登場人物が次々に死ぬホラー映画を見るときのように、予想せずにはいられない。

カメラがある男の表情をじっくり映し出すのは、その男が主要メンバーの1人で、最後まで生き残るからか。それとも彼はもうじき死ぬ運命にあり、ただの「さよなら」が永遠の別れになるという安直な皮肉を観客にさとられるのを承知の上で、その死が少しでも悲しみを誘うよう、カメラは彼の表情を追うのか。

バヨナ監督は前回手がけた実話に基づく惨劇『インポッシブル』で、主役一家に筋書きの「鎧(よろい)」を着せるという罠に陥った。2004年のスマトラ島沖地震に伴う大津波がタイのリゾートを襲ったとき、生き延びたのはイギリス人一家。

彼らは人種と言語だけでなく、カメラが注意を向ける時間の長さでも、津波に巻き込まれて死ぬ「その他大勢」のタイ人とははっきり区別された。そのため一家が助かることは最初から分かっていて、欧米の観客は遠くで起きた惨劇の体験談を聞くような気分で映画に付き合った。

『雪山の絆』の冒頭に登場する人々ははるかに少人数だ。墜落機に搭乗していたのは乗客40人とクルー5人。それでも冒頭の数分間でこれだけの人たちの人物像を伝えるのは不可能だから、必然的に彼らの多く、特に墜落時か最初の極寒の夜に亡くなった17人は「ただの死者」扱いになる。

映画では死者が出るたびに名前と享年が字幕で示されるが、死者の尊厳を守るためのその試みも反復されるうちに形式的なものになる。

確かにこれは有名な実話に基づく映画であり、今年のオスカーでも2部門にノミネートされている。だが、次は誰が凄惨な死を遂げるのかというハラハラ感で観客を引っ張っていく点では、飛行機事故を免れた若者たちが次々に怪死するホラー映画『ファイナル・デスティネーション』の続編もどきと大差ない。

食と健康
「60代でも働き盛り」 社員の健康に資する常備型社食サービス、利用拡大を支えるのは「シニア世代の活躍」
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米ADP民間雇用、8月は5.4万人増 予想下回る

ビジネス

米の雇用主提供医療保険料、来年6─7%上昇か=マー

ワールド

ウクライナ支援の有志国会合開催、安全の保証を協議

ワールド

中朝首脳が会談、戦略的な意思疎通を強化
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中