最新記事

BOOKS

「テロリストの息子」が、TEDで人生の希望を語った

2016年1月19日(火)16時57分
印南敦史(書評家、ライター)

 彼は現在、自分の体験をさまざまな場所で語り続けている。本書も、各界の著名人がプレゼンテーションを行うことで知られる「TEDトーク」で語ったことをもとにしたものである。

 不名誉なストーリーを自ら語る理由については、「希望を与えるような、誰かのためになるようなことをしたいからだ」と記している。そして、その内容は多くの共感を呼んでもいる。父親に人生を破壊されたことは、予想外の可能性を生み出しもしたのだ。

 つまり時間がかかったとはいえ、著者は最終的に、父親が植えつけたトラウマや、刑務所のなかから連絡し続けてくる父親の呪縛から逃れることができたのだった。18歳で、父親からの一切の連絡を受けるのをやめたことは、彼が大人への階段を登りはじめたことの証明でもあったのだろう。

 本書のクライマックスには、まるで映画のように感動的な情景が映し出されている。2012年4月に、著者がフィラデルフィアのFBI本部で、数百人の捜査員を前にスピーチをしたときのことだ。イスラム教徒のコミュニティと親密な関係を築きたいと望む捜査局が、息子の学校で平和を提唱する著者の講演を聞いたことから実現したものだという。

 スピーチ終了後、著者は父親の事件を担当した捜査員のひとりだったという女性から声をかけられる。彼女は泣きながら、「エル・サイード・ノサイルの子どもたちがどうなったのか、いつも気になっていました。あなたたちが、彼の道に続くのではないかと恐れていたんです」と打ち明ける。

 それに対し、著者はこう答える。力強いその言葉は、本書の読後感を最良のものにしてくれる。


 僕は自分が選んだ道を誇りに思っている。父親の過激主義を拒絶したことが、僕らの生活を救い、人生を生きる価値のあるものにしてくれた。(中略)彼女の質問、「エル・サイード・ノサイルの子どもたちがどうなったのか」に対する答えは、ここにある。
 僕らはもう彼の子どもじゃない。(175ページより)

 本書が読者に叩きつけるのは、テロリストへの反感だろうか? もちろん、それもあるだろう。しかし、さらに強烈なメッセージは、考えうる限り最悪の事態が起こったとしてもなお、人はそれを乗り越えていけるのだという希望だ。

<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『テロリストの息子』
 ザック・エブラヒム、 ジェフ・ジャイルズ 著
 佐久間裕美子 訳
 朝日出版社

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。書評家、ライター。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トルコ裁判所、最大野党党首巡る判断見送り 10月に

ワールド

中国は戦時文書を「歪曲」、台湾に圧力と米国在台湾協

ビジネス

エヌビディアが独禁法違反、中国当局が指摘 調査継続

ビジネス

無秩序な価格競争抑制し旧式設備の秩序ある撤廃を、習
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中