最新記事

BOOKS

「テロリストの息子」が、TEDで人生の希望を語った

7歳の時に父親がジハードを行った――『テロリストの息子』著者はなぜ不名誉な半生をさらけ出すのか

2016年1月19日(火)16時57分
印南敦史(書評家、ライター)

テロリストの息子』(ザック・エブラヒム、 ジェフ・ジャイルズ著、佐久間裕美子訳、朝日出版社)の著者は、わずか7歳で、いちばんの近親者が突如テロリストに変貌してしまう(少なくとも、幼い目にはそう映っただろう)という現実に直面する。

 実の父親であるエル・サイード・ノサイルが、ユダヤ防衛同盟の創設者であるラビ・メイル・カハネを殺害したのである。本書の冒頭には、その直後の混乱した状況が生々しく描写されている。が、ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズのパジャマを着た子どもにとって、それは理解不能な出来事でしかなかったのではないだろうか?


 1990年11月5日に父が行なったことは、僕の家族をめちゃめちゃにした。おかげで僕らの家族は、殺害の脅迫とメディアからの嫌がらせ、遊牧民のような生活と恒常的な貧困にさらされることになった。(中略)父がやったことは、まったく新しいタイプの不名誉で、僕らはその巻き添えだった。父は、知られているかぎり、アメリカ本土で初めて人の命を奪った最初のジハーディスト(イスラム教の聖戦主義者)だったのだ。父は、最終的にアルカイダを名乗ることになる海外のテロ組織の支援を受けて活動していた。(28~29ページより)

 しかも父親は服役中の刑務所の監房のなかから、1993年の世界貿易センターの爆破計画に加わる。家族を崩壊させてもなお、著者の言葉を借りるなら「テロリストとしてのキャリアはまだ終わっていなかった」というわけだ。

 かくして彼を含む家族は以後、さまざまな悪意から身を守るために住居を転々とし、それぞれの場所で迫害を受ける。著者は12歳になるころには、学校でのいじめに遭いすぎて自殺を考えたという。父親との離婚後に母親が招いた新しい父親からは、虐待されることにもなる。自分に価値があると思えるようになったのは、20代の中盤になってからのことだそうだ。


 僕はこれまでの人生を、何が父をテロリズムに惹きつけたのかを理解しようとすることに費やしてきた。そして、自分の体の中に父と同じ血が流れているという事実と格闘してきた。(31ページより)

 いわば、ここに描かれているのは、自分の意思とはまったく異なる大きな力によって捻じ曲げられてしまった人生を、なんとか取り戻そうともがく主人公の姿だ。そして、その原動力になっているものはおそらく知性だ。どんなにひどい目にあっても荒ぶるわけではなく、ただ冷静に現実を見つめ、そこでどうあるべきかをきちんと考え、その時々における最良の答えを導き出そうとしているように見える。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、円は日銀の見通し引き下げ受

ビジネス

アップル、1─3月業績は予想上回る iPhoneに

ビジネス

アマゾン第1四半期、クラウド事業の売上高伸びが予想

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中