最新記事

芸術

宇宙的スケールの造形世界

2016年1月4日(月)08時05分
高階秀爾(大原美術館館長、西洋美術振興財団理事長) ※アステイオン83より転載

 東洋出自の龍と西欧世界とを対話させるというこの大胆な構想は、まったく違ったかたちで、一九九九年、ハプスブルク家以来の長い伝統を保ち続ける町ウィーンにおいて実現された。「龍がウィーンを観光する:外星人のためのプロジェクトNo.32」がそれである。この火薬パフォーマンスが行われたのは、多くの文化施設が集中する美術館地区で、このエリアは「歴史的な雰囲気に満ちており、文化の〝気〞が凝縮していた」と蔡は言う。そこで展開された「観光する龍」の姿は、記録写真で見るかぎり、まだ夕暮には間のある午後の青空を背景に、何台かの大型クレーンに捲きつけた導火線が、ほとんど優雅と言ってもよいほどの巨大な龍の姿を描き出している。火薬が生み出す色彩と形態の見事な調和の感覚は、造形作家として蔡の卓越した才能を充分に物語るものと言ってよいだろう。

 以上に述べた作品例は、蔡の多面的な活動のほんの一部に過ぎないが、その他の作例も含めて、そこに見られる共通した特色は、宇宙的とも言える構想の壮大さと、それに見合う作品スケールの大きさであろう。今回の展覧会でも、会場正面の壁を飾る火薬絵画「夜桜」は、縦八メートル横二四メートルという巨大なスケールであり、また、ベルリンの壁崩壊の記憶に触発されたというインスタレーション作品「壁撞き」では、九九頭の等身大の狼が激しく空中を飛翔し、透明なガラスの壁にぶつかって引き返すという動物たちの無言のドラマが、幅八メートル、奥行き三二メートルの空間いっぱいに展開されている。

 しかし、江戸期の春画に想を得た最新作「人生四季」四部作では、四季折々の草花や鳥、あるいは季節を暗示する花札模様に覆われた抱き合う男女の姿は、外部の世界からは隔絶されて、二人だけの官能の充足に沈潜している。技法的には、火薬絵画にはじめて色彩を導入して移りゆく季節の風情をも漂わせたその見事な成果は、この画家が、大いなる自然と呼応する人間内部の奥深い世界への探究にも強く惹かれていることを示しているように思われる。

[筆者]
高階秀爾(大原美術館館長、西洋美術振興財団理事長)
1932年生まれ。東京大学教養学部卒業。パリ大学付属美術研究所およびルーブル学院で西洋近代美術史を専攻。東京大学文学部教授、国立西洋美術館館長などを経て現職。東京大学名誉教授。著書に『名画を見る眼』(岩波書店)、『近代美術の巨匠たち』(岩波現代文庫)、『近代絵画史』(中央公論新社)、『日本の美を語る』(青土社)など多数。

※当記事は「アステイオン83」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg



<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『アステイオン83』
 特集「マルティプル・ジャパン――多様化する『日本』」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米債市場の動き、FRBが利下げすべきとのシグナル=

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税コストで

ビジネス

米3月建設支出、0.5%減 ローン金利高騰や関税が

ワールド

ウォルツ米大統領補佐官が辞任へ=関係筋
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 7
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中