最新記事

BOOKS

被害者遺族を「カラオケに行こう」と誘う加害者の父

2015年12月14日(月)15時27分
印南敦史(書評家、ライター)

 大半の加害者に見られるのは、親の驚くべき非常識さ、異常性である。そこに遺伝のような因果関係を持ち込むのは筋違いだろうが、なにか紐解くべきものがあるようには思える。たとえばこれは、当時14歳だった被害者に8人がかりでリンチを加えて命を奪った犯人グループの、主犯格の父親についての記述だ。


 最近、ユウカさん(筆者注:被害者の母親)の携帯に、主犯格のAの父親から電話がかかってきたという。その父親は謝罪の場にも来ず、民事法廷にも一度も顔を出さなかった。ただ、一度だけ、「和解」が決定した日にひとり遅れて法廷にやってきて、悪びれることなく何ごとか口にして法廷を出て行ったのを、私はユウカさんの親族といっしょに見ていた。(中略)「会って、謝罪したい」「食事に行きませんか」「ユウカさん、カラオケに行きませんか」――。そうAの父親はユウカさんに電話してきたのだ。(189~190ページより)

 得体の知れない恐怖に包まれたユウカさんは、すぐ著者に電話をかけてきて、「こわいです。あの父親は何を考えているのかわかりません」と震えた声で話したというが、たしかにそれは恐怖以外のなにものでもないだろう。しかし、こういうケースにこそ、不可解な犯罪の根源があるようにも思える。

 日常生活を送っているなかでも、「えっ、この人、なにいってんの?」としか思えないような、不可解な言動をする人に出会うことがある。これは極論かもしれないが、そういう人の思考回路は、この父親のそれと共通するような気もする。だからこそ、「こういう人はどこにでもいる」、そしてその血が引き継がれる可能性があって恐ろしいのである。

 しかし親の問題はさて置いたとしても、このような議論がやがて少年法の問題に行き着くのは当然だろう。古く1948年に成立した少年法は4度改正されており、段階を経て厳罰化の方向に向かっている。とはいってもまだまだ、遺族を納得させることのできない部分が残ってもいる。また、「納得できない」という感情はやがて、よく問題化する「実名報道」との関係性にも及んでいく。


 しかし、ここで私が強調しておきたいのは、実名報道は「厳罰化」とイコールではないということだ。結果的に社会的制裁が加えられることになるかもしれないが、もちろんそれは「罰」ではない。それらを混同したままで、「実名報道せよ」という空気が醸成されていくことを私は憂慮する。けしからんやつだから実名を晒して報道し、社会的制裁を加えてしまえ、という感情論に根ざしてはならない。(219ページ「おわりに」より)

 たしかにそのとおりだろう。客観性を失ったマスは、それはそれで危険だ。とはいえ、そこにもまた考えるべきことがある。たとえば本書の巻末にもアメリカの「サムの息子法(犯罪加害者が、自らが犯した罪を題材にして利益を得ることを禁ずる法律)」に関する記述が登場するが、同様の法律は日本にも必要だと私も考えている。

 だが、そのことも含め、そもそも少年犯罪を取り巻く現状、そして少年法についてはもっと議論されるべき、そして改正されていくべき問題が多すぎる。文脈から滲み出てくるキリキリとした緊張感のなかで、本書はそんなことを実感させてくれるのだ。

<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『「少年A」被害者遺族の慟哭』
 藤井誠二 著
 小学館新書

<この執筆者の過去の人気記事>
意外や意外、広い話題で穏やかに、資本主義へ別れを告げる
時間が足りない現代に、「映画・ドラマ見放題」メディアが登場する意味
日本の貧困は「オシャレで携帯も持っている」から見えにくい

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルのソマリランド国家承認、アフリカ・アラブ

ワールド

ミャンマーで総選挙投票開始、国軍系政党の勝利濃厚 

ワールド

米、中国の米企業制裁「強く反対」、台湾への圧力停止

ワールド

中国外相、タイ・カンボジア外相と会談へ 停戦合意を
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 10
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中