最新記事

ダークネット

やわらかな日本のインターネット

2015年8月31日(月)16時00分

 あるいは、本書で「サイファーパンク」として紹介されている一連の人々。彼らはビットコインによる取引も含め、ありとあらゆる管理から逃れ、権威による支配を拒否する。序章に登場するサイファーパンク、ジム・ベルはその典型だ。「暗殺政治」に関する彼のアイデアは、完全に匿名化された懸賞首サイトが政治家の権威を無にするという未来を描き出すものだが、実はこの極端に思える発想は、既に別の形で実現している。

 たとえばリサ・ガンスキーが「メッシュ」と呼ぶ、ソーシャルメディア時代の新しい評価経済のことを考えてみよう(『メッシュ│すべてのビジネスは〈シェア〉になる』徳間書店、2011年)。そこでは顧客が実際に購入して体験した話が、大企業の広告やPRよりもリアルなものとして消費者に受け止められる。「過激な透明性の時代」という言葉で表現されているこの仕組みと、ベルが主張する懸賞首への匿名の評価は、ポジティブなものかネガティブなものか、危害を加えると脅すのか否かという違いはあれ、原理は同じだ。ネットでオープンに評価することで、権威の力を抑制しようというわけだ。

 ビットコインにせよサイファーパンクにせよ、なぜこうも彼らはインターネットに「反権威」であることを求める、あるいはそういう領域を確保しようとするのだろうか。その背景にあるのは、インターネットがまさにアメリカにおいて誕生し、アメリカ社会が理想とする自由な社会のあり方が体現されるような技術として進化してきたという歴史だ。アメリカ社会においては、その建国からして政府による課税に反対し、自分の力だけで土地を切り開き、守るべきものは自分の力で守るべきだという考え方が根付いている。こうした思想はアメリカでは「保守主義」と呼ばれるが、その中でも特に政府などの権威を否定するのが、本書でもしばしば名前のあがる「リバタリアン」という人々だ。

 リバタリアンは税金も社会保障も警察もいらない、と主張する非常に極端な思想の持ち主だが、ではどうやって生きていくつもりなのだろうか。ここで注意しなければいけないのは、近年のネットでよく使われる「ソーシャル」という言葉だ。もともとソーシャルというと、アメリカ社会では「社会主義者」のことを指していた。だから「お前はソーシャルだ」というとき、そこには政府による管理や社会保障を肯定することへの批判や侮蔑の意味が込められていた。だが「ソーシャルメディア」などというときのソーシャルという言葉には、もはやそのような意味はない。そこにはせいぜい「人々が平等な立場で助け合う」といった牧歌的なイメージがあるくらいだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

新潟県知事、柏崎刈羽原発の再稼働を条件付きで了承

ワールド

アングル:為替介入までの「距離」、市場で読み合い活

ビジネス

日経平均は反落、ハイテク株の軒並み安で TOPIX

ビジネス

JPモルガン、12月の米利下げ予想を撤回 堅調な雇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 5
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 8
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中