最新記事

キャリア

元IBMの企業戦士、定年後に「保育士」を選んだ理由とは?

2019年4月25日(木)18時00分
吉田 理栄子(ライター/エディター) *東洋経済オンラインからの転載

IBM時代は、SEに始まり、営業や本社、工場、海外勤務、社長室CSなどさまざまな部門で多くの職種を経験した。よくサラリーマン時代の役職や肩書があった人は、定年退職後に再就職すると当時のプライドが邪魔をするという話を聞く。髙田さんは大丈夫なのだろうか?

img_6f986448355c6ab50b66cadee5de9047581968.jpg

子どもたちとじっくり向き合い朝の準備を手伝う髙田さん(撮影:今井康一)

「抵抗はないですよ。大学や短大で実技をみっちり習ってきた先生はピアノが上手に弾けるが、私は片手でしか弾けない。

今はSEとしてプログラムを書けなかった新入社員と同じ。

60歳を過ぎた人の中には、自分は部長だったとか、100人の部下がいたとか、職位や地位、収入で一喜一憂する人もいるけれど、自分の人生をバランスよく楽しむことが大事だと思っているので」

アメリカ駐在で価値観が変わった

外資系企業とはいえ、「肩で風を切って歩いていたような時代もあった」と自分で苦笑するほど典型的な仕事人間だった髙田さんの考え方が大きく変わったのは、40代半ばで経験したアメリカ駐在によるところが大きい。

「朝は7時くらいから会議はするし、お昼もサンドイッチをかじりながらビジネスミーティングとせわしない。だけど会議は30分以内。冒頭に必ずミーティングの目的が伝えられ、合意と成果のみを求める。

日本のように1〜2時間の会議なんて皆無。15時に仕事を終わらせて皆それぞれ家族との時間を楽しむために帰っていく。家族との時間を大切にする姿勢には、本当に驚きました」

アメリカで目の当たりにした現地の人の働き方、人生の楽しみ方は、髙田さんのそれまでの常識を覆すものだった。アメリカ駐在を経て、プライベート時間の充実の大切さを知った。そんな髙田さんが、今保育士として働くのは週3回。

週2回は趣味のテニスをしたいというのもあるが、それ以外にも週3回しか働かない理由があった。それは、髙田さんに新たな「野望」が生まれたからだ。

「アメリカに行って、それまで仕事のことばかりだった自分が人間の幸せについて考え出した。人生の核となるのは家族だし、何事もバランスが大事。75歳まで働きたいと思っているので、年齢的にもバランスを崩さないようにしたいから、週3日くらいがちょうどいい」という。

img_549af9cf1717db56b01f6fe65df764f9538851.jpg

「じじせんせーい、教えてー」と子どもたちがひっきりなしに髙田さんを呼んでいた(撮影:今井康一)

「保育園問題を解決したくて、保育士になった。そして次は、保育士の結婚を支援するような仕事がしたいと思っているんです」

保育園の中のことは、外からは見えにくい。中に飛び込んだからこそ見えた課題を解決したいというのだ。

「保育士はとにかく忙しい。忙しさに加え、乳児のお昼寝だと乳幼児突然死症候群防止のために、5〜10分おきにチェックが必要。アレルギー対応ではテーブルやふきん、雑巾を分けるなど細かなルールがある。子どもたちの命を守るためにやらなければならないことがたくさんある。にもかかわらず、給与は安い。

img_68b78ce726f3e30dd679f5b9a5d82c4c487796.jpg

紙芝居は近くの図書館で借りてきて読み聞かせている(撮影:今井康一)

職場に男性はほとんどおらず、土曜出勤もある。朝から晩まで働いて、夜はバタンキュー。デートの時間すら取れない。そんな彼女たちを見ていると、保育士の幸せも考えなければと思った。週5日働いていたら、そこまで手が回らないんです」

子どもたちの幸せを考えると、親が幸せでないといけないし、保育士も幸せでないといけないというのが、現場に飛び込んで髙田さんの導き出した答えだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米テスラ、従業員の解雇費用に3億5000万ドル超計

ワールド

中国の産業スパイ活動に警戒すべき、独情報機関が国内

ワールド

バイデン氏、ウクライナ支援法案に署名 数時間以内に

ビジネス

米耐久財コア受注、3月は0.2%増 第1四半期の設
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 2

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 3

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」の理由...関係者も見落とした「冷徹な市場のルール」

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 6

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    コロナ禍と東京五輪を挟んだ6年ぶりの訪問で、「新し…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中