たった13坪で1300冊を売る町の書店──元シンクロ日本代表と恩師・井村雅代コーチの物語
惚れた本を、責任をもって売り切る
「イベント後に、年配の女性の方から『なにかが足らん』とか『山崎豊子さんみたいな作品を書く人がいい』と言われたんです。でも藤岡さんは本当にステキな方だし、作品もすごく面白い。だから私は、いやいや、この人はこれからいろんなことを吸収して、素晴らしい作家になるはずやって思ったんです」
この回以降、「作家と読者の集い」は、二村さんが「たくさんの人に伝えたい!」と感じた本の著者を呼ぶ会になった。今風に言えば、「本」の推し活だが、その熱量は凄まじい。
「100冊仕入れて、売れませんでしたと100冊返す本屋さんもあります。でも、私は本をそういう風に扱いたくないんです。自分が惚れ込んだ本は、自分が責任を持って仕入れて売り切る、それが約束やと思うんですよ」
伝播する「マグマ」の熱
隆祥館書店で600冊超を売った佐々涼子さんの『エンド・オブ・ライフ』。2020年2月に出版されたこの本を読み終えた瞬間、二村さんはすぐ本人に連絡した。
「もう泣きながら読んで、うわ、これは多くの人に伝えなあかんと。佐々さんとはTwitter(現X)でつながってたから、読むやいなや、ぜひイベントをやらせてくださいってメッセージを送りました」
コロナ禍だったこともあり、「作家と読者の集い」は2020年8月にオンラインで開催された。それまでの間に、二村さんは店頭でこの本を300冊以上売っていた。
「あるお客さんにお勧めしたら、タイトルを見て『暗い本ちゃいますの。悲しい本は読みたくない』って言いはるんですよ。それで私は『いや、違うんです。これね』って自分も泣きそうになりながら亡くなる前に家族でディズニーランドに行くお母さんの話をしました。そうしたら、『ちょっと読んでみるわ』って言ってくれはって」
溢れ出した「マグマ」の熱は、伝播する。二村さんは2020年9月、ドキュメンタリー番組『セブンルール』に出演した。その番組のなかで『エンド・オブ・ライフ』を勧めている映像が流れると、発売から半年以上が経ち、動きが止まっていた書店の在庫が一気に売れ始め、重版がかかったそうだ。
「セブンルール」では、コロナ禍でお客さんが遠のき、激減した売り上げをカバーしようと始めた「1万円選書」の話もした。全国から希望者を募り、記入してもらったカルテをもとに二村さんが1万円分の書籍を選んで送るという取り組みだ。
番組の反響は大きく、約600人から応募があった。その際、未曽有のコロナ禍にあって「読むと生きる力をくれる本だから」と多くの人に届けたのが、藤岡陽子さんの『満天のゴール』だった。
加速度的に減り続ける客数
現在、1日の平均客数は40人から50人。二村さんも「本当に厳しい」と眉根を寄せる落ち込みだ。それでも経営が成り立つのは、客単価が上がっているから。
「私が働き始めたばかりの1995年には、1日平均400人のお客さんが来ていました。でも、客単価は800円ぐらい。それが今は2000円ぐらいなので、なんとか持ちこたえています。だからもっと本の良さを伝えなきゃと思って、イベントを頑張っています」