たった13坪で1300冊を売る町の書店──元シンクロ日本代表と恩師・井村雅代コーチの物語
コロナ禍にリモート配信を始めたこともあり、「作家と読者の集い」は多い時に会場とリモートを合わせると200人ほどが参加する。現在、300回を超えている「作家と読者の集い」が、隆祥館書店の売り上げを支える大きな柱となっているのだ。
しかし、イベントは二村さんにかかる負荷を高めている。2015年に父の善明さん、2016年に母の尚子さんを亡くす前後から、二村さんは隆祥館書店の店主として経営を担っている。その業務の合間を縫って、お客さんに本を勧めるために膨大な読書をしてきた。
そのなかから「これは!」という本を紹介するためのイベントだから、司会進行も務める二村さんは対象の本を読み込む。付箋だらけの本を見れば、その思い入れがわかるだろう。イベント後には、自らレポートも書く。
書店の経営、毎日の営業、お客さんに選書するための読書にイベントが加わることで、慢性的な睡眠不足に陥っていた。それが影響したのか、2018年には心臓の手術をしている。それだけ身を削っても書店を経営し続けるのは、理由がある。
町の書店が苦しむ「理不尽」
現在から遡ること10年前、2015年2月に善明さんが亡くなった時、妹と弟から「しんどかったら、もう本屋を辞めたら?」と言われた。その頃から経営は厳しく、赤字になる月もあった。隆祥館書店は1992年、9階建てのテナントビルに建て替えている。
二村さんが「借金があと15年残ってるよ」というと、弟から「ビルごと売ったらええやん」と返された。落ち込んで眠れなくなった二村さんは、それから三日三晩、考え続けた。
「小さい本屋やから、理不尽な目にも遭うし、しんどいこともあるのに、なんで自分は本屋を続けたいのかな......」
「理不尽」とは、隆祥館書店のような個人経営の書店が長年直面してきた流通の課題を指す。例えば、大手書店が優遇される「ランク配本」。出版された本のほとんどは、「取次」と呼ばれる企業を通して町の書店に配本される。取次は書店の規模で配本する本や冊数を定めており、二村さんがどれだけ日本一の売り上げを叩き出しても配慮されない。
例えば、2015年に出版された『佐治敬三と開高健 最強のふたり』(北康利著)に惚れ込んだ二村さんは2年間で400冊以上販売し、日本一になった(現在は650冊を超える)。
しかし、2017年に文庫化された時、隆祥館書店への配本はゼロ。もう一度売ろうと意気込んでいた二村さんは、あまりの悔しさに涙したという。この出来事以前からずっと「実績配本にしてほしい」と訴えているが、今もランク配本が続く。