たった13坪で1300冊を売る町の書店──元シンクロ日本代表と恩師・井村雅代コーチの物語

2025年6月13日(金)15時21分
川内 イオ (フリーライター) *PRESIDENT Onlineからの転載

コロナ禍にリモート配信を始めたこともあり、「作家と読者の集い」は多い時に会場とリモートを合わせると200人ほどが参加する。現在、300回を超えている「作家と読者の集い」が、隆祥館書店の売り上げを支える大きな柱となっているのだ。

しかし、イベントは二村さんにかかる負荷を高めている。2015年に父の善明さん、2016年に母の尚子さんを亡くす前後から、二村さんは隆祥館書店の店主として経営を担っている。その業務の合間を縫って、お客さんに本を勧めるために膨大な読書をしてきた。


そのなかから「これは!」という本を紹介するためのイベントだから、司会進行も務める二村さんは対象の本を読み込む。付箋だらけの本を見れば、その思い入れがわかるだろう。イベント後には、自らレポートも書く。

書店の経営、毎日の営業、お客さんに選書するための読書にイベントが加わることで、慢性的な睡眠不足に陥っていた。それが影響したのか、2018年には心臓の手術をしている。それだけ身を削っても書店を経営し続けるのは、理由がある。

町の書店が苦しむ「理不尽」

現在から遡ること10年前、2015年2月に善明さんが亡くなった時、妹と弟から「しんどかったら、もう本屋を辞めたら?」と言われた。その頃から経営は厳しく、赤字になる月もあった。隆祥館書店は1992年、9階建てのテナントビルに建て替えている。

二村さんが「借金があと15年残ってるよ」というと、弟から「ビルごと売ったらええやん」と返された。落ち込んで眠れなくなった二村さんは、それから三日三晩、考え続けた。

「小さい本屋やから、理不尽な目にも遭うし、しんどいこともあるのに、なんで自分は本屋を続けたいのかな......」

「理不尽」とは、隆祥館書店のような個人経営の書店が長年直面してきた流通の課題を指す。例えば、大手書店が優遇される「ランク配本」。出版された本のほとんどは、「取次」と呼ばれる企業を通して町の書店に配本される。取次は書店の規模で配本する本や冊数を定めており、二村さんがどれだけ日本一の売り上げを叩き出しても配慮されない。

例えば、2015年に出版された『佐治敬三と開高健 最強のふたり』(北康利著)に惚れ込んだ二村さんは2年間で400冊以上販売し、日本一になった(現在は650冊を超える)。

しかし、2017年に文庫化された時、隆祥館書店への配本はゼロ。もう一度売ろうと意気込んでいた二村さんは、あまりの悔しさに涙したという。この出来事以前からずっと「実績配本にしてほしい」と訴えているが、今もランク配本が続く。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

欧州委、米の10%関税受け入れ報道を一蹴 現段階で

ワールド

G7、移民密輸対策で制裁検討 犯罪者標的=草案文書

ワールド

トランプ氏「ロシアのG7除外は誤り」、中国参加にも

ワールド

トランプ氏、イランに直ちに協議呼びかけ 「戦いに勝
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 7
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    コメ高騰の犯人はJAや買い占めではなく...日本に根…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中