最新記事
IT障害

史上最大のIT障害を引き起こしたクラウドストライク「ファルコン」の正体

What is CrowdStrike Falcon and what does it do? Is my computer safe?

2024年7月24日(水)17時18分
トビー・マリー(メルボルン大学情報工学部准教授)
ウィンドウズのブルースクリーン

ウィンドウズが再起動を促すときの画面、ブルースクリーン。今回の障害では「死のブルースクリーン」と呼ばれる現象が起こった Dmitriy Domino-Shutterstock

<大規模システム障害の原因となったのは、クラウドストライク社の高性能セキュリティ・ソフトウエア「ファルコン」だった。大企業のシステムを守るためのソフトが世界的な大混乱を引き起こす皮肉はなぜ起こったのか>

7月19日、大規模なシステム障害が世界中のコンピュータ・システムに影響を及ぼした。オーストラリアとニュージーランドでは、銀行、報道機関、病院、交通機関、商店のレジ、空港などのコンピュータがすべて影響を受けたと報告されている。

今回の障害は、規模と深刻さという点で前例がない。影響を受けたコンピュータに起きた現象は、専門用語で「文鎮化」といわれる。障害によってコンピュータがまったく使い物にならなくなり、少なくともその時点では「文鎮」になったも同然であることを意味する。

広範囲にわたる今回の障害は、クラウドストライク社のファルコンというソフトウェアに関連している。ファルコンとはなにか、なぜこれほど広範囲に混乱を引き起こしたのだろうか?


ファルコンとは何か?

クラウドストライクは、世界のテック市場で有数のシェアを誇るアメリカのサイバーセキュリティ企業。ファルコンは同社のソフトウェア製品で、大規模な組織がサイバー攻撃やマルウェアからコンピュータを守るために使われる。

ファルコンは、いわゆる「エンドポイント検出・対応」(EDR)ソフトウェアともいわれる。その機能は、インストールされているコンピュータ上で何が起きているかを監視し、(マルウェアなどの)悪意のある活動の兆候を探すことだ。何か怪しいものを検出すると、脅威の抑止を支援する。

それはつまり、ファルコンがいわゆる「特権ソフトウェア」であることを意味する。攻撃の兆候を検知するために、ファルコンはコンピュータを詳細に監視しなければならない。そのため、多くの内部システムにアクセスできる権限を付与されている。そのなかには、コンピュータがインターネット経由で送信している通信だけでなく、どのようなプログラムが実行されているか、どのようなファイルが開かれているかなど、多くのことが含まれる。

ファルコンは従来のアンチウイルスソフトに少し似ているが、その意味でより強力になっている。

ファルコンにはさらに、脅威を抑止する能力もある。例えば、ファルコンが監視しているコンピュータがハッカーの可能性がある人物と通信していることを検知した場合、ファルコンはその通信をシャットダウンできる。それは、ファルコンが実行されているコンピュータの中核ソフトウェアであるマイクロソフト・ウィンドウズと緊密に統合されていることを意味する。

newsweekjp_20240724085915.jpg
ファルコンに起因するコンピュータの障害いついて情報を更新するクラウドストライクのウェブサイト The Conversation/Crowdstrike


障害が起きた理由

この特権と緊密な統合が、ファルコンを強力なものにしている。だがそれはまた、ファルコンが誤作動すると、深刻な問題を引き起こす可能性があることも意味している。今起きている障害は、最悪の事態だ。

現在わかっているのは、ファルコンのアップデートが原因の誤作動によって、ウィンドウズ10のコンピュータがクラッシュして再起動に失敗し、恐ろしい「死のブルースクリーン」(BSOD)の出現につながったということだ。

BSODは、ウィンドウズ・コンピューターがクラッシュし、再起動が必要になったときに出てくる真っ青な画面の愛称だ。今回の場合、何度再起動しても、BSOD画面が現れる事態となった。


ファルコンはなぜ普及した?

クラウドストライクはEDRソリューションのマーケットリーダーだ。つまり、ファルコンをはじめとする同社製品は広く普及しており、サイバーセキュリティを意識する多くの組織が採用している可能性が高い。

今回の障害が示すように、これには病院、メディア企業、大学、大手スーパーマーケットなどが含まれる。影響の全容はまだ明らかになっていないが、世界的な規模であることは間違いない。

家庭用PCは影響なし

クラウドストライクの製品は、サイバー攻撃から身を守る必要がある大規模組織では広く導入されているが、一般家庭のPCで使用されることはあまりない。

これはクラウドウトライクの製品が大規模組織向けにカスタマイズされているためだ。同社のツールは、攻撃の兆候がないかネットワークを監視し、侵入にタイムリーに対応するために必要な情報を提供する役目を果たしている。

ホームユーザーには、PCに内蔵されているウイルス対策ソフトや、ノートンやマカフィーといった企業が提供するセキュリティ製品の方が、はるかに人気がある。


解決には時間がかかる

現段階では、クラウドストライクは、影響を受けた個々のコンピュータで問題を解決する方法をマニュアルで説明している。

だが、本稿執筆時点では、この問題を自動的に解決する方法はまだないようだ。一部企業のITチームは、影響を受けたコンピュータの中身を消去し、バックアップなどから復元するだけで、この問題を迅速に解決できるかもしれない。

場合によっては、組織のコンピュータ上で影響を受けたファルコンのバージョンを「ロールバック」(以前のバージョンに戻すこと)することができるかもしれない。あるいは、組織のコンピュータの問題を1台ずつ手動で修正しなければならない可能性もある。

多くの組織では、問題が完全に解決するまでにはしばらく時間がかかると考えるべきだろう。

この事件で皮肉なのは、セキュリティの専門家たちが何年も前からEDRのような高度なセキュリティ技術の導入を組織に促してきたことだ。しかし、まさにその技術が、ここ数年見たことがないほど大規模な障害を引き起こした。

クラウドストライクのように、非常に特権的なセキュリティ・ソフトウェアを販売している企業にとっては、自社製品に自動アップデートを導入する際には細心の注意を払うようにというタイムリーな注意喚起となった。

The Conversation

Toby Murray, Associate Professor of Cybersecurity, School of Computing and Information Systems, The University of Melbourne

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.



ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

マレーシア首相、1.42億ドルの磁石工場でレアアー

ワールド

インドネシア、9月輸出入が増加 ともに予想上回る

ワールド

インド製造業PMI、10月改定値は59.2に上昇 

ワールド

ベルギー、空軍基地上空で新たなドローン目撃 警察が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 5
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中